千鳥屋、時代の象徴

チロリアン追記 老舗企業に兄弟間の確執

チロリアン丸缶
千鳥屋
チロリアン袋パッケージ
縁はオーストリア国花でもあるエーデルワイス

今朝の新聞に面白い記事があったのでちょっとブレイク。

日経新聞で毎週水曜日、新興・中小企業面に連載されている「200年企業 成長と持続の条件」。老舗企業が経営危機を乗り越えてきた努力、工夫などを紹介して興味深いのだが、第27回の今日が「千鳥屋」。

読んでみて納得。前回、僕がエントリした際にふと思った疑問が解けた。

というのも、「千鳥屋、千鳥饅頭って一体、経営元はどこ?」という分かりにくさがある。ネットで調べると発売元もサイトも一本化されていない。称号も違えば会社名も違う。数種類のパターンがある。これはネットという便利な機器が登場した今の時代だけに余計に混乱させている。

ざっと整理すると、創業は寛永七年(1630年)佐賀市と戦国時代にまで遡る。1927年、十三代目が炭坑景気に湧く飯塚に千鳥屋を設けて千鳥饅頭をヒットさせる。以後、飯塚に一本化して大繁盛。十三代目の死後は妻つゆ氏が経営を引き継ぎ、

60年代に洋菓子「チロリアン」が人気商品となり、オーストリアのチロル地方をイメージしたテレビCMなどが注目され、地元九州を中心に千鳥屋の知名度は高まった。

チロリアン丸缶
チロリアン丸缶

「チロ~リア~ン♪」は子ども心に突き刺さって強烈だったね。ハイジに導かれてスイスを選んだのと同じように、今回の旅行先を決定付けた理由だ(何て単純)。思い出すと「にわかせんぺい」に「博多の女(ひと)」、「博多山笠」に「ひよ子」・・・等々(「文明堂のカステラ」も)当時の福岡(九州)は土産菓子が個性的なCMで強烈なバトルを繰り広げていた時代だったんじゃないか。

千鳥屋、時代の象徴

その後、千鳥屋は東京、大阪に進出──と、ここまでは分かる。

ただ千鳥屋は95年のつゆ氏の死後、4人の息子が完全に分立。

というのが今回の主旨で、以後、どこの世界にもある兄弟間の対立、確執で企業の分裂に至った。

長男が東京千鳥屋、次男が千鳥屋饅頭総本舗(福岡市)、三男が千鳥屋宗家(西宮市)、四男が千鳥屋本家(飯塚市)。

千鳥屋本家
千鳥屋本家・新天町店

総本舗、宗家、本家・・・と呼称が乱立して、どこがホンモノなの? と一般の消費者には到底、理解できない状況。かつ、包装デザインや価格も地域で異なるのだとか。

記事では次男の死を契機に、また、のれん分けした舟場吉兆が不祥事から廃業に追い込まれたことも他山の石にして、今は親族間でも関係の修復に向かっていると締めている。

千鳥饅頭、チロリアンにも複雑な背景があるんだね。しかも兄弟間の分裂、対立が90年代半ば以降のここ十年、というのも、日本の社会が、時代が影を帯びるようになった時期と一致しているような・・・。昔のCMが平和でのどかだったことと合わせて時代をよく象徴している。

ところで、老舗といえば山口では唯一の県内資本百貨店だった「ちまきや」が今夏で153年の歴史に幕。今月から後を引き継いだのが井筒屋(福岡県北九州市)。百貨店の華、食品売場を充実させたのが目玉で、千鳥饅頭もめでたく買えるようになった(でもまだ実は行ってない)のだけれど、「さて、これはどこ?」と思って調べてみたら「千鳥屋本家」だった。

チロリアン丸缶
チロリアン丸缶パッケージ

 

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