陸上チーム

陸上好き達

マラソンチーム以外の陸上メンバーとは5月の合宿で初顔合わせだった選手が大半で、練習も今回の滞在ホテルも別な上、選手も皆、二十代で若く、とすぐに打ち解け合えるとまではゆかなかった。そもそも陸上は種目が違えば接点もなく、その必要性も強いてない、どこもそうなのだと思うけれど、それでも合宿や今回の大会期間中を通じてだいぶ距離も縮まったかな。

ボストン旅行記にも記したけれど、こういった団体行動やツアーというのはお互いに初めての顔でも、レースを終え、宴を終えて緊張感からも解放されると、また最後の出国が近付いたときの別れの時間が迫ってくる、そのわずかな時間ほど、お互いの心が開かれて急接近するもの。

それが旅の醍醐味であり、旅を通じて知り合った人の関係が強いものであり。競技中は不用意な話もしにくいから、今回、僕も最後に若い彼らの実生活や環境のことをリラックスしてたずね、知ることができた。もっと時間があればよかったのに・・・というのもまた旅の宿命であり。

例えば投擲担当の聴者コーチから「マラソンは厳しい自己管理が大変だね」といわれたのだけれど、僕からすれば若い選手が学生時代から自分との闘いである陸上に打ち込んでいる、ここにやって来ている選手らは皆、十代の頃からそれを普通に実行し人一倍の努力を積んできた、そのことの方がすごいと思う、そう答えた。本当に僕の十代、二十代なんてかなりいい加減だった、絶対に陸上をやるような人間ではなかっただけに。

確かにマラソンに必要とされる練習量の多さは他競技、他種目を圧倒するものがある──これは他競技の選手と話しても常に驚かれる、あきれられる──のだけれど、でも短距離や跳躍や投擲のように、一瞬で勝負が決まる、その凝縮された一瞬のために練習を重ねるのだから、同じといえば同じかな。。

一人一人を挙げるのは割愛するけれど、最初、僕が台北市内に一泊だけしたときに同室になったEIJI選手。若い選手の中では一番、年上で僕も唯一、よく知っている選手で陸上チームのキャプテン的存在。彼を見ていると本当に陸上好きなんだなあ、あれほど純粋に陸上を愛しているのが伝わってくるのは彼を置いて他にいないなと思えるほど。

今回は十種競技(デカスロン)で出場。僕は十種の内容や競技方法も知らずにいた(失礼!)くらいなのだけれど、陸上全般にも通じて将来、十年後、二十年後の監督、指導者的立場が楽しみに思える。もちろん選手としてまだ「次」に賭ける気持ちは人一倍に強いはず。競技途中、監督になだめられながら流していた悔し涙を僕も遠くから見守ったよ。多分、悔しくて泣く選手は彼くらいの、彼らしい印象的で胸を打つ姿だった。

「走る理由」で引用した部分がそのまま当てはまる。

じっさい僕は、・・できなかったことが口惜しくて泣いていた彼を見ても、同情心はまったく湧かなかった。同じ競技者として彼の口惜しさが正確に分かっただけだった。きっと彼は・・できなかった口惜しさを克服するためにまた走り、何としても自分を満足させようとするだろう。

悔しくて泣ける選手は必ず次は嬉し涙を流せるはず。今回は7位入賞。デカスロンは地元台湾の英雄的選手が出場していただけに街中にポスターや横断幕があふれ、テレビでも繰り返し放映され・・・で、EIJI君の姿を翡翠彎ホテルにいてもよく見ることができた。最終種目の1500mを終えた後、全ての力を出し切った表情がすがすがしくてとても良かったね。これから一層の活躍を僕も応援している。

男子十項全能運動選手
男子十項全能運動選手在比完最後一項1500公尺競賽後開心合照
(男子十種競技最終種目1500m走を終えて笑顔の選手達)

画像出典:2009年臺北聽障奧林匹克運動會(デフリンピック公式サイト)


その他、終わる頃になって知る、あるいは帰国してから知る、若い人達の競技に対する真摯な姿勢からもたくさん学ばせていただいた。どうもありがとう。

スタッフ、協会役員らに感謝

スタッフの方々。S監督、メルボルン大会時のブログでも述べたけれど、陸上チームの監督は他競技と違って選手の種目が多岐にわたり本当に大変。マラソンレース後、MASAHITOさんともう町の店が全部、閉まっていたから部屋で飲むつもりでホテルに帰った夜半、一日早く帰ってしまう監督に挨拶のつもりで部屋に寄ったら、ちょうどそこでも飲んでいたので合流。缶ビールで監督の長かった労をねぎらう。

専門の違う18人もの選手を抱えて毎日が気の抜けない連続の、憔悴しきっていたといっていいほどの、でも全てを終えてメダル5つ入賞5つの成績を残せて役目を果たせた、その安堵感も見て取れた。協会の役員としても数年前からずっとデフリンピックへの準備が始まっていた、全てやり尽くした充足感にもう話す力も残っておらず倒れるように眠りに付いたのを確認してお別れ。本当におつかれさまでした。僕も死ぬ気で走る思いでいた、結果で報えてホッとしている。

調理担当のTさん。日本選手団最年長・・・には見えない若さと元気。連日、若い選手のリクエストが多く大変だったそう。でもおかげでチームが活躍できた。日本マラソンチームの健闘は、あの握り飯あったればこそ。深夜、徹夜の調理、ありがとうございました。

マネージャーのSさん。今自分、表舞台に立たずひたすら縁の下の作業、奉仕しかない役目と分かっていて打ち込める人は少ないのに、合宿にさえ前泊してくれた熱意に頭が下がる。こまめに立ち回って選手の環境づくり、調整を一手に引き受けてくれて選手も競技に集中して力を発揮することができた。本当にありがとう。投擲と短中距離担当の聴者コーチ2人、直接の接点はなかったのだけれど、炎天下のサブトラックで一人5000m走をしたとき、気を遣って見守っていただけたこと、ありがとうございました、おつかれさまでした。

マラソンレースの日、朝早くから駆けつけての応援も本当に嬉しかった。いいチームの中で力を出せた。今回、随行はしなかったけれど、これまで支えてきて協会役員、また応援してくれた全国のメンバーにも感謝。協会が設立されて7年、今回のデフリンピックで一気に花開いたという感じかな。これからまたさらに。


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