戦慄が走ったケニア勢の速さ

玉砕を覚悟

ケニアをはじめとするアフリカ勢の脅威は「走る理由 3」の中でも書いた、当然に予想できた展開。

1位2位ケニア、3位南アフリカと表彰台を独占した前回からさらに、今回はもしかすると8位入賞までをアフリカ勢が総なめするかもしれない。そうだとしてももう誰も驚かない時代になった。

走る理由 3

これはデフリンピックもそうだし、オリンピックも同様に思うのだけれど、例えば中国やアメリカのような大国がマラソンにそれほど注力しないのは、彼らの国が例え数で圧倒しても太刀打ちできないことを冷静に分かっているからのことではないか。

一方、よくいえば、かつてのマラソン王国の名残り、悪くいえば未だに夢から覚められずに幻想を引きずっているのが日本といえるだろうか。負け戦と分かっていても突っ込んでゆく、他国からするとクレイジーな行動。けれどもそこが日本の美学で、それも決して悪いことではない。良くも悪くも僕らは日本人であることをやめられないのだから。

アフリカ勢に挟まれて

優勝者KIPTUM DANIEL選手
冠軍健兒KIPTUM DANIEL沿途不斷用水作降溫
優勝者KIPTUM DANIEL選手は沿道の給水で必死に身体を冷やした

今回のマラソンは単純折返しの、しかも右左折すらない感覚的には真っ直ぐな一本道の折返しコース。マラソンコースとしては非常に珍しい。5km、10kmレースですらスタート・ゴールが全く同じ地点の直線折返しというのは僕の経験の中でも無い。

その直線コースですら、すぐに後ろ姿が見えなくなったのが先頭を走っていたケニア選手集団。前半で4人を追い抜いた僕が、自分の順位の6位か7位であることは分かっていたのだが、このまま入賞でもとても喜べない、まるで歯が立たない、世界の壁の厚すぎることを3分の1も走らずに痛感させられていた。

折返しですれ違う際に正確に6位という順位が分かったのだが、この時点で1、2、3、4位がケニア。5位が南アフリカの選手。6位僕の次の7位が前回3位だった南アフリカ選手。皮膚の色に言及して差別になるわけでないと思う、その意識もないまま書くと、前後に黒人勢に囲まれてひたすら僕は圧倒されていた。市民ランナーでも例えば福岡やびわ湖や・・・といった国際レースで一流選手のトップ集団とすれ違うとき、彼らの走りに身震いするくらいの感覚を味わうと思うが、それと同じ。

戦慄が走るといって過言でないほどだった。沿道で観戦していた、応援していた日本選手団も感じたと思う。

中間点での順位はこんな感じであった。

Kenya Kenya Kenya Kenya SouthAfrica Japan SouthAfrica Japan France Turkey Japan

入賞ではダメであることを承知しつつ、それでも非黒人勢の中でトップであることに免じて許してほしい、それがせめてもの救いではないかと思いながら走っていたのが正直なところである。

5km-15分台の恐るべきラップ

1位のケニア選手は中間点を1時間6分台で折り返したらしい──と、レース後にきいただけで驚愕したが、帰国してから公式サイトに5kmラップまで掲載されているのを見てまた度肝を抜かれた。

5kmの入りが15分19秒(!) 10km通過が30分57秒。ちなみに今回の10000mの優勝タイムが30分30秒27で、その1位──ケニア選手の同僚──に0秒53差で2位に終わったのがマラソンの優勝選手である。10000mで涙をのんでいた分、スタートから悔しさを爆発させたのだろう。

5km15分台といえば、福岡、びわ湖に次ぐ別大のレースを走るトップ選手よりも速いレベルである。もちろん忘れてはいけないのが、繰り返すように台湾という場所の30度超のコンディションの中でのことである。かつ、コースは最初の10km迄に一番アップダウンがある、以後もフラットではない、決してタイムの出るコースではないということ・・・。シーズンレースとして普通に走れば福岡、びわ湖のトップレベルに匹敵するような選手である。もっとも彼らにとっては福岡もびわ湖もさほど関心がないかもしれない。彼らにとって何よりの基準は得られる賞金の多寡であろうから──。

最後はほとんど歩くようなペースだったという、僕は見ていないから分からないが、前半のハイペースと暑さのせいで失速したというより、優勝を手中にしたことで力を出し切らなかったんだろう。いずれにしても亜熱帯地域の台湾という国で信じ難い走り。今回のレースも朝6時のスタート時で既に気温30度、湿度70%のコンディションだった(そこから当然、気温は急上昇した)。北京五輪の覇者ワンジルがそうだったように、やはりもう、彼らの国は暑さを理由にペースを抑えるという発想は全くないようだ。

それでも彼らの前に立ちはだかる・・・ことはできなくとも挑んだのが日本勢。

画像出典:2009年臺北聽障奧林匹克運動會(デフリンピック公式サイト)


 

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