ツェルマットへ

世界有数の山岳リゾート、ツェルマットへ

グリンデルワルトに到着したときの感動を以前、書いたが、ツェルマット(Zermatt)到着の感動もまた、それ以上のものであった。今度は駅に降り立ったのが夕方、ちょうど滞在客が夕食やショッピングに出かける、一番、人の出が多い時間帯だったこともある。もちろん、列車に乗っている間も、数多くの駅を通り過ぎながら、駅近辺の街並みを車窓から見ているのだが、ツェルマットの街並みはそれらとも全く様相の違う、別世界と思えるものであった。竜宮城に着いたかと思うようなきらびやかさがあった。グリンデルワルトとツェルマット、スイスの2大山岳リゾートを結ぶ路線も、フィスプ(Visp)から先のこの路線は、全て終点ツェルマットのためにあることがよく分かる。

ツェルマット駅
ツェルマット駅
ここではまだ、奥にちらりと頭をのぞかせているだけのマッターホルン
手前黄色は小さな電気自動車

村はグリンデルワルトより大きくにぎやかである。自動車の乗り入れが禁止されていて、アーケードや地下街のような歩行者天国の状態。時折、ホテルの送迎車や荷物の運搬車、それに村内バスの限られた、とても小さな、かわいい電気自動車だけが、ねずみのようなせわしなさでチョロチョロと通過する。僕らの泊まったホテルも、いえば迎えに来てくれるのだが、決して電話に臆したわけでなく、まずはこの街並みをしっかりと自分の目で確かめたくて、ホテルまでを歩いた。最終日、チェックアウト後の申し出も断ったように、一番のメインストリートを歩かないのはもったいない。

駅前から南に伸びるこの細いバーンホフ通りには、花を飾った古いシャレーホテル、飲食店や土産店が密集している。5つ星クラスホテルが馬車での送迎、というのも時代を感じさせる古い街並みの雰囲気を大いに演出している。歩くだけで心を弾ませてくれる、愉快な気分になれる通りである。途中まで石畳の敷かれた通りで、スーツケースが少し押しにくかったが、いかにも歴史的建築物の続く欧州的な小さな路地を歩いていると、いやが上でも興奮は高まる。

そして、この村を訪れる全ての人の何よりの目的であるマッターホルンは──。教会手前を横に曲がってマッターフィスパ川の橋に差しかかったところで、突如、前方に目に飛び込んでくる。毎日、何百、何千という観光客がツェルマット駅に降り立ち、そしてここまで来て皆、誰もが一様に心を震わせる瞬間である。出発前、グリンデルワルトだけの一週間滞在も考えたが、ここにやって来ると、むしろ、ツェルマットだけの滞在も良かったように思えてくる。

スイスといえばヴァリス州

マッターホルンに対面して感動の余り、手が震えるくらいにカメラのシャッターを何度も押した。この橋が、マッターホルンの最も美しく見えるビューポイントというだけあって、燃えるような赤で先端から朱色に染まってゆく朝焼けの瞬間を収めようとする早朝にずらりとカメラが並ぶのは無論、一日中、誰もが足を止めて名峰を心ゆくまで眺めている。

朝焼けマッターホルン
朝6時01分、ビューポイントから見る朝焼けマッターホルン

けれども、夕方のこの時間帯に焦って写真を撮らずともいい。あわてなくていい、ということにすぐに気付かされる。ホテルに到着してチェックインして「Matterhorn View」を条件に予約していた部屋からは当然、夕食のレストランの窓際からも、翌朝、ツェルマットで目覚めた初日の、部屋のベッドに寝ころんだままでも、とにかく、ありとあらゆるところからマッターホルンは見える。

マッターホルンは決して逃げない。動かない。まあでも、人間、最初の感動が肝心である。一日も滞在すればもう、目に名峰の姿が染み込んで不思議に慣れてしまうのだが、このときの最初の出会いのときめきは忘れられない。

ツェルマットは、マッターホルンが全て、といってもいいくらいの地である。ヴァリス州、ヴァリス地方はアルプスの心臓部である。「スイスといえばヴァリス州」「ヴァリスに行かずにスイスを語る事なかれ」。そして、ヴァリス州といえばツェルマット。ツェルマットといえばマッターホルン。

逆さマッターホルンに対面

翌日(初日)、ここでも晴れ渡った午前中のうちに、優先順位の高いものから、すなわち、絶対に見逃せない、ライゼーに映る逆さマッターホルンをまず最初に目指す。スネガ展望台までは地下ケーブル「スネガエクスプレス」で。ここでは昨日、グリンデルワルトのゆっくり、トコトコのシーニゲ・プラッテ鉄道とは対照的に、超高速のケーブルカー。60度くらいの急な傾きで、乗降のホームはもちろん、列車の内部も階段状になっている。暗闇の中の急勾配をまるでジェットコースター並の速さで一気に連れて上がる。標高差690mをわずか3分という速さである。

名立たる景勝地に辿り着くのは、もっと時間がかかるもの、と渋滞と行列に慣れている日本人からすると、拍子抜けするくらいにいともあっけなく到着する。加えて、そんなに早い時間というわけでもなかったが、まだ展望レストランは営業しておらず、人もまばら。テラスから雄大なマッターホルンをバックに写真だけ撮らせてもらった。バーンホフ通りには滞在客がひしめいているのに、皆どこに行ってるのだろう? 意外だった。

人影まばらなのでか、ライゼーでは一人の女性が裸同然で悠々と湖を泳いでいる。どうもこちらの国(向こうの国)の女性は、服装もだけれど、行動も大胆である。ただ、このときは驚いたが、3日目、最後の午後にちょっと時間が空いたのでもう一度、ここに来たときは、日増しに暑くなっていた午後というせいもあって、かなりの人が泳いでいた。山岳地方で海がない、川も日本のように高山の地にあっても澄んでいるのではなく、氷河の溶けたミルク色の濁った水であるから、とてもではないが泳げない。涼を得ようとしたら湖しかない、そうだよ、という感じ。驚くことではない、そっちの方が正しい、という感じで、みんな結構、行動はラフでアバウトである。

ライゼーに映る逆さマッターホルン
ライゼーに映る逆さマッターホルン

女性がいつの間にかいなくなった後は、噂にききし、ライゼーに映る"逆さマッターホルン"の眺望を独占させてもらった。ここから街まで歩いて降りるコースに二通りあって、ヴァリス地方独特の古い街並みの姿を残すというフィンデルンの集落を過ぎるルートを選びたかったのが、間違えてしまったようで、トゥフテルンルートの方を歩いていた。こちらは半分が林間コースであまり面白いものではない。3日目にもう一度、ここを訪れたのは、フィンデルンルートの方を確かめたかったからであるが、でも、こちらも大差はなく、どちらを選んでも半分は林道になるし、距離も結構、ある。

ツェルマットに来て天候に恵まれなかったり、時間がない場合でも、せめてここだけは訪ねたい場所、というのが、このライゼーらしいのだが、確かにガイドブックのいうとおり、湖のほとりまで降りてマッターホルンを眺めたら、それで充分といえそうである。

先にも書いたが、グリンデルワルトではアイガー、ユングフラウ、ここツェルマットではマッターホルン、といった主役の名峰に出会うためには、移ろいやすい天候事情を考慮して最低3泊はしたい、といわれる。それで実際に今回は各3泊の旅程としたのだが、グリンデルワルトに続いてここでも初日の午前中に、マッターホルンが一番、美しい形で見えるという絶景を堪能することができて、半日でもう胸一杯、にさせられた。


 

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