出場報告・御礼

惨敗の結果

※ 以下、陸上部誌「Fun Run Mates」2013年8月号への寄稿分。

出発前の応援・激励をありがとうございました。結果は2時間46分06秒で6位と、タイム・順位ともに、派遣選手に求められる期待には及ばず終わりました。あまり使いたくない言葉ですが、「潰れて」しまい、前後半差が10分以上もの失速でちょうどエイジタイム(46歳=2時間46分)もオーバーとなりました。

マラソンは準備が全てという、その通りの結果でした。昨年6月に持病の坐骨神経痛とアキレス腱痛を悪化させてから、9月初のナイター陸上まではごまかしながらも走っていましたが、後、完全に走れなくなってしまい、レースはおろか練習からも遠ざかっていました。年明けの中国山口駅伝~びわ湖マラソンで不完全ながらも脱出を図り、年度変わりの4、5月で一気に復調して自分としては十分過ぎるほどのトレーニングに3ヶ月を費やしたつもりでした。春シーズンに3千、5千、1万、10km、30kmの各レースを順当にこなしたつもりでしたが、そこまでの距離ならごまかせても、ごまかせないのがマラソンなのだという、この競技の報われることの少ない、それでいて人を惹き付けて止まない醍醐味というものを久々、痛感させられました。

マラソンは実力が全て出る、という意味では、コテンパンに叩きのめされると、さわやかなくらいになれるのも不思議で、レース後の今では非常にサバサバしています。

また練習を積み上げて、レースではいかに長丁場を走り切るかという戦略を意識し、魅力奥深きマラソンに再挑戦したいと思います。

土壇場で開催決定

今回のデフリンピックは世界的な不況もあり、当初予定のギリシャからハンガリーに、また別の候補地と、開催都市が二転三転した結果、最終的にブルガリアの首都ソフィアにて開催されました。ただ、御存知のように、陸上は人的財的な労力を相当に要する競技である上、モスクワの世界陸上選手権でさえ単純直線を3往復するコースであることを考えても分かる通り、とりわけマラソンは運営側には手間暇の膨大にかかる種目で、今回のデフリンピックでは実施されない予定でした(マラソンのないオリンピックなんて考えられない・・・というのは日本的思考なだけかもしれません)。マラソンのみブルガリアでなく、ドイツ・フュッセンという地で開催されたのは、デフリンピック単独での開催でなく、現地市民マラソンに同時開催される形で行われたためです。

当地には行かれた方も多いと思います(当課内にも分かっただけで3人いらっしゃいました)、ロマンチック街道の終点となるフュッセンはドイツ=オーストリア・アルプスの山麓にある世界的に風光明媚な地で、ノイシュヴァンシュタイン城というあの有名なお城のある地です。

実は私も3年前にこの地を旅行しており、かつ、国境こそ越えるものの、目と鼻の先といっていい、アルプス反対側のチロル地方にも5年前に旅行していたので、フュッセンでの開催を知ったときはマラソンが中止されずに良かったという安堵と同時に、正直、同じ海外なら別の地が良かった・・・と不遜に贅沢な思いをしたものですが、ソフィアでの開催1週間前という時期的にも、欧州の良さでもある距離的に近接しているという意味でも、土壇場で開催されたことは奇跡的に幸運なことでした。

おかげで、普通、マラソンは最終日開催で現地入りも遅いのですが、今年に限ってはマラソン組のみ先行渡航し、レース後は他の競技選手が到着するより早くソフィアに移動して、と二国を存分に味わえる形になりました。変な自慢になってしまいますが、フュッセン、ミュンヘンもわかっていましたが、ソフィア中心部もおそらく日本選手団の中では最も歩きまわって知悉した身だろうと思っています。

アルプス山中のコース

レースはコースの半分が山中道や未舗装道路の、半分オリエンテーリングといってもいいような、途中、何度も道に迷いかけながら(実際に間違えて引き返し)、開けた草原では牛が放牧され、また、美しい湖畔ではリゾート保養客が泳いだり日光浴をしたり、日本でもコース沿道で太鼓演奏の力付けは珍しくないですが、民族衣装をまとった老齢の紳士婦人が真剣にアルペンホルンを吹いている姿には膝の力が抜けてしまってどうしようもなかった・・・等々、これほど眼前の光景が多彩に変わるコースは他にないだろうくらいの42kmでした。

※次頁にコース画像を掲載してみました。

例により前後の選手が視界から消えひとりぽつねんと走っていると、「いったい自分は何しに来たのだろう?」「何をしているのだろう?」と、四年間の努力の結晶というマラソンのもたらす悲愴なイメージに遠くかけ離れ、また日本代表選手という立場も忘れて、不謹慎でも笑わずにいられないくらいの、非常にきれいでいて楽しいという、かようにも稀有なコースでした。ゴール後の飲食テーブルにはビールも惜しげなく提供されていて、さすがドイツ! でもありました。競技性より楽しさ志向のレースで、観光を兼ねての旅行には非常におすすめできます(日本人も参加しています)。

レース翌日はレンタルバイク(自転車)でコースを振り返っても見ましたが、それでも迷うくらいの(=コースマップはお国柄かわざとか本当にそっけない)味わい深いコースとなっており、私自身、3度めの訪問となっても、もう一度、あのコースを走ってみたいと思うくらいです。

後進に期待し

最後に、若い陸上チーム選手団、他競技の日本選手団、また海外の選手らと接する中でいつものように若いエネルギーをもらうと同時に、加えて今回は競技を終えた後はスタッフ的な仕事をしていたことから他競技・他国の監督・コーチらと親しくなることが多く、自分も知らず引導を渡されているような神妙な心持ちにもさせられました。

こうした競技、国を問わず、障害ゆえの苦労や辛さに負けず高い実力を保つ選手、また彼らを支えているスタッフらをみていると、それが私自身の一番の関心でもあるのですが、障害を持ちつつもたくましく生き抜いている、その明るさや素晴らしい笑顔や、に感心させられることしきりです。競技を通じて培われる人間力とでもいうべきもの、また、その逆について、ということを思わずにいられません。

大会の都度、思うことですが、競技結果以上に、そうした出会いを通じて自分も触発され、自分の人生について考えさせられる非常に有意義な期間となりました。

3度もの機会を経験できたことは中年期の私にも人生の大きな財産となりました。願わくば県内のきこえない子が後に続いてくれることを期待し、今後も力を尽くしたいと思います。

フュッセン市街

フュッセン市街

フュッセン市街

 

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