食のコミュニケーション

雨のザルツブルクから退散

ザルツブルクの冷たい雨が激しくなったので予定していた滞在を早めに切り上げ、列車も1本早くに変えてミュンヘンへ戻ることとした。ザルツブルクを去る前に、駅前のスーパーでお土産も購入。例によってモーツァルト一色。

ちなみに、2日後の朝食時に話した日本人夫婦はオペラ鑑賞をメインにやって来ているとのことだったように、ミュンヘンはかつての五輪会場としての顔や、サッカーではドイツリーグの常勝軍団、バイエルン・ミュンヘンの本拠地であるといったスポーツ面もさることながら、音楽を中心とする芸術都市の側面が強い。この辺りもザルツブルクとのよき競合関係ゆえなのだろう。

ザルツブルクで降るだけ降ってくれたからか、帰りの列車車中から徐々に雨足が弱まり、ミュンヘンに着く頃には雨もほとんど上がってくれていた。濡れたジャケットやシューズや・・・をホテルで着替えて、またマリエン広場へ。明日はノイシュヴァンシュタイン城観光の一日バスツアー。昨夜のようにプランを練る必要も切符を手配する用意も要らないから、今夜は何も考えずに飲み浸れる。気が付くともう、広場に来ている、というくらいに本当に駅前の好立地が便利だった。

夕暮れのマリエン広場
夕暮れのマリエン広場

May I help you ?

一昨夜のホーフブロイハウスでは席を確保しながらついに飲食に辿り着けなかった(ほどあふれかえる客だった)が、そこはビール王国ドイツにしてビールの都ミュンヘン。引きも切らない客を受け入れる店は他にもたくさん。

この日はパウラーナービールの直営店「パウラーナー・イム・タール」へ。入口から雰囲気良く、これは当たりだとにっこり。天気同様、徐々にこの旅の運気も好転しつつあると感じた。

17世紀創業パウラーナービール Paulaner
17世紀創業パウラーナービール Paulaner

夫婦の隣に相席する形でテーブルについてメニューを選ぶ。注文を伝えると店員が何やらあれこれ尋ねてくる。当然、ドイツ語だから分からない(英語だったら分かるというものでもないが)。僕らの要領を得ないやりとりを横で見てこの夫婦が面白そうに笑っている。

しばし後、女性(奥様)が"May I help you ? "ではないが、店員の言っていることを分かりやすく僕らに通訳(意訳)してくれる感じで救いの手をさしのべてくれた。ドイツ人だが英語もできる(書ける)ということで、僕がきこえないこともあり快く筆談に応じてくれた。

横で見て笑っているときから、とても人好きで(目の前の面白い)人間に興味津々という笑顔が僕も見て分かっていたとおり、何でも彼女にとって「お手伝いすること(help)はとても重要で(important)、親切にすること(humanity)が私の心がけ(my mind)なのだという。話していても本当に、ボランタリティ豊かな女性というのがとてもよく伝わってきた。

すっきりした切れ味のへレス(Helles)と<br />深いコクの黒ビール、シュヴァルツ(Schwarz)
すっきりした切れ味のへレス(Helles)と深いコクの黒ビール、シュヴァルツ(Schwarz)

おかげで思いがけぬ楽しさも舞い込んできたのだが、少し残念だったのが、書いてくれる文字のやや読みづらかったこと。普段から筆談も多く、少々の難読には慣れている身のつもりでも、やはりこちらの人の文字は一癖も二癖もある。僕らが学校で学んだ筆記体やブロック体のような教科書的な文字に、僕は外国を旅行していてあまり遭遇したためしがない。個性のあることが尊く喜ばれるとでもいうか。「I」(アイ、私)は「T」であり、「g」は「s」であり(また同時に「y」も「s」であり)、「u」や「m」や「n」はしょっちゅうつながるので、もうお手上げ、間違いないのは「i」くらいか、という感じ。

これは普段の会話でも、僕らは単音や一文字ずつを聞き分けている(読み分けている)のでなく、単語として(言葉として)文節として、前後の文脈からも絶えず推測しながら解読しているのだけれど、それにしたって元がドイツの方なので、ちょっと文法的におかしいところの方が目に付いたり(=これは僕の方の受験英語の弊害)、まあでも、それが面白いやりとりでもあった。

夫妻はハンブルクの方から休暇でやって来ているということで、ミュンヘンもこのお店も慣れている、という感じだった。ご主人の方はにこやかな笑顔のままで口数はほとんどなく、奥さんの方がとても社交的で身も軽く、という印象。今では同一国内、こうして東西(南北)を自由に行き来してビールを堪能できるけれど、冷戦終結から20年、例えば、この人達の人生の変化はどうだったろう? などとふと思ったりもした。

ミュンヘン名物の白ソーセージ Weißwurst
ミュンヘン名物 白ソーセージ Weißwurst
鮮度がウリなので朝のうちにしか出会えない

この夫婦が席を立った後、今度は若い恋人同士とでもいうような二人がやってきた。こちらとはさすがに話はしなかったが・・・、今度は僕らが、彼らの注文の一連を横でずっと見ている番。

食文化以上にコミュニケーション文化

前回も書いたけれど、こちらの人は本当に店の食事の注文でもコミュニケーションが大好き。日本のファミレスのように全てがワンパッケージの「○○セット」を、注文した番号が店員の手元の注文機に一押しされたらそのまま厨房に伝わっているような便利でシステミックなものでなく、今度も女性の方がとてもリード的で、メニューの中から選ぶ、というより、「店員に何がおすすめなのか」「どういう素材でどう調理しているのか」「こうしてくれないか」等々、延々、あれこれ尋ねてほとんど議論してゆく中で自分達のオリジナル・メニューを決めてゆく、という感じだ。

立派なのは店員の若いお姉ちゃんの方も、しっかりとそれに応えられること。本当にこちらの人は皆、小さな時から徹底的にコミュニケーションが鍛えられている。

話は前後するが、この二人、おおよそ注文の内容を決めて店員に伝えたいところまで来たのだが、ホーフブロイハウスのように、今度も店員がなかなかつかまらない。僕なんかは、というか、前回も書いたが日本人(やアジア)なら、それこそ「注文取りに来てよ」と首を長くして態度で示すか、分かりやすく手を挙げるか(さすがに指を鳴らしたりはしないが)であるけれど、そんなこともせず、向こうからやって来てくれるのをひたすらにずっと待っている。

おしとやかというのでもない(ものすごく喋る)、ただ、店員を呼びつける仕草さえはしたない、とでもいうような。お客様が神様ではなく、あくまで店の流儀に合わせて店員がやって来てくれるのを気長に待っている。牛丼しか選択肢がないとか、コミュニケーションの労を省いて券売機で済ませられる、と、「早い」「安い」の優先され過ぎなのが良くも悪くも日本的、ということを実感する。

パウラーナービールの直営店 Paulaner im Tal
パウラーナービールの直営店 Paulaner im Tal

そういえば、大学時代の亡くなった野球部の友人も「食」にはうるさくて、店でもメニューにない、いかにも「通」な注文をよくして、全くこの方面に疎い僕なんかは感心していた。酒豪でもちろんビール好きだったので、ドイツビールもこうして本場で一緒に飲みたかったものだ。


 

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