坊つちやん泳ぐべからず

凡そ全集が繰り返し

発刊されるのは漱石なんだろうと思うが、自分も神田で買った新書サイズの岩波版(昭和31年刊)を持っている。全集とはいっても読んできたのは有名どころの作品ではあるけれど、この全集があるから漱石は時々読み返す。自分も人並みな日本人よろしく漱石は好きで、時々、数年スパンで思い返しては再読する。中学高校の教科書に載るような作品をいい年をして、ではあるが、猫に三四郎、それから、門、心・・・再読、再再読、再々再々・・・でも面白く深みがあるので、きっとこの先もまた読むと思う。

一番面白いのが「坊つちやん」で、リズムがいい、伸び伸びしている、屈託がない。

道後温泉本館に入ったのは四国を自転車で一周した大学2年の夏休み以来で32年ぶり。ものすごい混み合っていた記憶があったが今回はそうでもなかった。前は気付かなかったのか、「坊つちやん」の作品にちなんだ「泳ぐべからず」の木札の説明が館内にあった。

これにて村下孝蔵、司馬良太郎、漱石と、松山にちなんだ道後文学紀行? 完了。

團子が夫で濟んだと思つたら今度は赤手拭と云ふのが評判になつた。何の事だと思つたら、詰らない來歴だ。おれはこゝへ來てから、毎日住田の温泉へ行くことに極めて居る。ほかの所は何を見ても東京の足元にも及ばないが温泉丈は立派なものだ。折角來た者だから毎日這入つてやらうと云ふ氣で、晩飯前に運動旁出掛ける。所が行くときは必ず西洋手拭の大きな奴をぶら下げて行く。此手拭が湯に染まつた上へ、赤い縞が流れ出したので一寸見ると紅色に見える。おれは此手拭を行きも歸りも、汽車に乗つてもあるいても、常にぶら下げて居る。それで生徒がおれの事を赤手拭赤手拭と云ふんださうだ。どうも狭い土地に住んでるとうるさいものだ。まだある。温泉は三階の新築で上等は浴衣をかして、流しをつけて八銭で濟む。其上に女が天目へ茶を載せて出す。おれはいつでも上等へ這入つた。すると四十圓の月給で毎日上等へ這入るのは贅澤だと云ひ出した。餘計な御世話だ。まだある。湯壺は花崗石を疊み上げて、十五疊敷位の廣さに仕切つてある。大抵は十三四人漬つてるがたまには誰も居ない事がある。深さは立つて乳の邊まであるから、運動の爲めに、湯の中を泳ぐのは中々愉快だ。おれは人の居ないのを見濟ましては十五疊の湯壺を泳ぎ巡つて喜こんで居た。所がある日三階から威勢よく下りて今日も泳げるかなとざくろ口を覗いて見ると、大きな札へ黑々と湯の中で泳ぐべからずとかいて貼りつけてある。湯の中で泳ぐものは、あまり有るまいから、此貼札はおれの爲に特別に新調したのかも知れない。おれはそれから泳ぐのは斷念した。泳ぐのは斷念したが、學校へ出て見ると、例の通り黑板に湯の中で泳ぐべからずと書いてあるには驚ろいた。何だか生徒全體がおれ一人を探偵して居る樣に思はれた。くさゝゝした。生徒が何を云つたつて、やらうと思つた事をやめる樣なおれではないが、何でこんな狭苦しい鼻の先がつかへる樣な所へ來たのかと思ふと情けなくなつた。

道後温泉本館
神の湯 男子東浴室 左に見えるのが「坊っちゃん泳ぐべからず」の木札
道後温泉新館

 

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