異形の寺社 投入堂追記

絶壁にへばりつく懸造り

2年前の駅伝大会帰りに観光した鳥取県三朝町の三徳山三仏寺「投入堂」。

今朝の日経「美の粋」に「聖なる山 異形の寺社(上)」として掲載があったのでメモ用に追記。

日本では古来、険しい山々に神性を認め、仏や菩薩が住む地になぞらえてきた。聖なる山への畏敬から、比類ない異形の寺社がいくつも生まれた。

投入堂は、読んで字のごとく、役の行者が法力で投げ入れたという言い伝えによるもので、江戸期に定着した通称。投げ入れた、とは、まさかと思うが、実際に見てみると、ここに辿り着くだけで滑落事故(死亡)も多い、切り立つ崖に足場はなく、密教建築とはまさに、と頷かせる。

奥の院である投入堂への道は長く苦険しい。

文殊堂、地蔵堂、納経堂、観音堂と続く。「投入堂までの道は人間の一生を意味します」生の苦しみの中で文殊菩薩から知恵を、地蔵菩薩から長寿を授かる。観音菩薩の体内巡りを経て罪業を消し去り、神仏に至る。

記事を読んで面白く知ったのは、参拝として辿り着く手前ぎりぎりの地点(=堂の右斜め下)の方向から見られることを徹底的に計算した外観だ、ということ。堂は絶壁の窪みに収まった形になっているが、背後の岩壁との隙間が右に来るほど大きくなっている。岩壁と平行でなく、10度ほど角度を付けて、工法が難しいのに、あえてそうしたのは、建物の奥行きを強調でき、右前方の柱もより長く伸ばせるからだ、とは投入堂研究建築家の言。

確かに、右側の岩が少し視界を遮るので、手前に出すことで、建築美まで意識したかはどうかだが、参拝、というか当時は修行僧に見やすく、というのはありそうで、柱の長さが一層、神秘さと信仰を高めたろうのは理解できるし、あらためて画像を見ると右奥にできる陰が堂の背後への好奇を強く誘う。

柱は四方の角を落とされて断面が八角形。岩場に(人為的に)固定されているわけでなく、ただ置かれているだけ。それでいて平安末期頃と推測される建造時期から900年以上の風雪に耐えた。ちょうどこの年、大会後1ヶ月後に震度5強を記録した鳥取県中部地震でも(参道や他の堂は大きな被害を受けたものの)投入堂に損傷は無かったという。

斜め下からの姿 徹底的に計算

 

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