屋島 歴史ロマンの沈む海

源平古戦場

一行は志度寺の仁王門を出た先の平賀源内記念館に立ち寄ってから再びバスで高松市の半島、屋島へ。

屋島は山頂が屋根のように平らなことから名付けられた島(今は陸続き)。観光駐車場から歩くモデルコース、最初の門、のような道の両側の塔の裏には源氏の紋の笹竜胆と平家の紋の揚羽蝶があって、有名な源平合戦の舞台を伝えている。

都を落ちた平家は一ノ谷の戦いに敗れた後も、周防長門の彦島と屋島に拠を置き瀬戸内の制海権を握って、水軍を有しない源氏に攻めさせずにいたが、1185年、苦戦源氏の大将に義経が立ち強襲をかけて屋島を陥落させた。平家物語に有名な那須与一の「扇の的」や「義経の弓流し」もこの合戦のエピソード。

与一鏑を取つてつがひ、よつぴいてひやうどわ放つ。小兵といふぢやう、十二束三伏、弓は強し、浦響くほど長鳴りして、誤たず扇の要ぎは一寸ばかりを射て、ひいふつとぞ射切つたる。鏑は海へ入りければ、扇は空へぞ上りける。しばしは虚空にひらめきけるが、春風に一もみ二もみもまれて、海へさつとぞ散つたりける。夕日の輝いたるに、皆紅の扇の日出だしたるが、白波の上に漂ひ、浮きぬ沈みぬ揺られければ、沖には平家、船ばたをたたいて感じたり。陸には源氏、箙をたたいてどよめきけり。

山頂──といっても頂が平らなので山という意識がないが──の開けた地点はそれぞれに眺望がよいのだが、東方を見通せる位置からの河(海)向こうが扇の的の舞台で、さらにガイドさんの説明してくれたのは、この後、平家は壇ノ浦に逃げることとなるが、この屋島合戦でいったん逃げ落ちた地点が偏違いの「檀ノ浦」(こちらは木偏)なのだと。こちらの檀ノ浦も地名に残っている。

昨日土曜もちょうど平家落人伝説の残る萩(川上村)の阿武川温泉に浸かってきたのだが、2年前の親睦旅行の人吉でのきじ馬、花手箱然り、平家伝説、平家物語は日本人の琴線に響くものがある。屋島は歴史の局面を変えるのを加速させたといってよさそうなロマンの島。

──のさらに古く壮大なのが南側の古代山城屋嶋城(やしまのき)。

2016sionoe-3
源平合戦展望台地 談古嶺
向こう側が檀ノ浦浜

 

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