塩江温泉旅歩記 湯愛の郷

湯愛の架け箸(ゆめのかけはし)

四国には大学時代に自転車で1周したり、仕事を始めてからは中四国という単位ブロックでの出張や、また失聴してからの障害活動、最近では9県の持ち回り駅伝などでちょくちょく訪れてきているところだが、今回また初めての地の温泉と観光を楽しめた。

高松駅からバスで送迎された塩江(しおのえ)温泉は、奈良時代の名僧行基により発見(開湯)された讃岐・高松の奥座敷として、四国で2箇所のみ指定された国民温泉保養地。空海も修行して湯治を薦めたといわれる。

準備していたものの朝ランできずに残念だったのは二日酔いのせい。前夜の懇親会、元々飲むのは好きで楽しく飲んだつもりが、料理が多かったのと山間部の川沿いでおそろしく冷え込んだ風に翌朝、あたったせいもあり、結局、この日は4度リバース。最近どうも多くなっていて、肝機能のめっきり低下してきているのが悲しい・・・。

さておき、バスツアーが最初に向かったのは、四国八十六番札所志度寺(しどじ)。開創古く625年、四国屈指の古刹。さぬき市、志度湾に面した海辺が極楽浄土へ続くとの信仰から「死渡寺」とも呼ばれ、その縁から本堂の他に閻魔堂、奪衣婆堂(だつえばどう)も建立されている全札所の中でも珍しいお寺。

一行は駐車場の関係もあり最後に仁王門を抜けるというルートの、信心はとりあえず(笑)、最初に海女の墓を訪問。「海女の玉取り物語」という、時、藤原の世の権力にからんだ恋とロマンの物語があって、前日のドクターの講演でも是非、読んで、といわれていたところ。残念ながら、というか不謹慎ながら、僕は境内に入る前にここで2度目にして最大のリバースをしたばかりで、ああ・・・と思い出すのがやっとの意識しかなかった(苦)。

道順を間違えるくらいに境内には色々とあって、先の奪衣婆とは、三途の川のほとりにいて、亡者の着物を奪い取る鬼婆。奪い取られた着物は、衣領樹(えりょうじゅ)と呼ばれる木の枝にかけられ、その枝の垂れ具合で亡者の生前の生前の罪の重さを計るのだそうで、まずここで生前の地位や権力、財産などを全て取り払う。次いで大師堂、それから本尊「十一面観音菩薩立像」のある本堂を参拝し、最後に、冥土に行った童子を再びこの世に返したという逸話の残る閻魔様を祀る閻魔堂で参拝するとよいのだとか。

残念ながら今回は開帳期間でなかったのと足早に過ぎ去ってしまったが、ストーリー性豊かなお寺で2時間くらいは楽しめそう。

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門前町からみる志度寺仁王門と五重塔

最後にくぐって抜けた仁王門は運慶の力作、仁王像と巨大わらじが建つ。また境内には立派な五重塔も建っていて、四国八十八ヶ寺の中で五重塔があるのは4つの寺だけという。うち一つは同じ讃岐の善通寺。昨年の駅伝大会が琴平泊で、そこから雨の中、朝ランで向かい、皆は善通寺駐屯地で折り返したのだが「ここまで来て目に見えていて寄らないのはもったいない」と自分一人だけ立ち寄って帰ったところ。昨年今年と讃岐の名湯、名刹の縁が続いている。

駅伝続きでいうと、3年前が塩江からも近い徳島・美馬(ちょうど香川・徳島の県境を挟んで位置する形)。今回のホテルのお土産売場に藍染のれんがあって、ほとんど人気はなさそうだったのだが、美馬の2日目観光に立ち寄った、うだつの里、脇町の店の軒先に藍の植えられているのが目に付き、その由来を知った(いい勉強をさせられた)ので、まさに脇町産というタグを確認して嬉しくなり購入。阿波と藍、うだつのいわれを知らなかったら買わなかったろうから、旅を通じて得る興味というのは面白いものだ。ふくろうが好きな実家の母への土産とした。

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美馬脇町産手作り藍染め

うだつと藍とうどんと/阿波・讃岐ディープ遠征記


 

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