天空の城、備中の小京都 高梁

高原の城下町

遠征駅伝で立ち寄った岡山県高梁市の旅ログ。

昨年の徳島県美馬市、旧脇町に続けて、ローカルながらも非常に情緒ある町での大会開催、とてもありがたい。おかげで中四国9県の共有する中国山地、四国山地の山間部地方の良さを見直させてくれる。

今回の高梁市も初めての訪問。面白かったのは、事前にちょっと見ただけで先月末に親睦旅行で訪れたばかりの人吉と非常に似ているなと思えたこと。ともに小京都と呼ばれる城下町、町を清流が貫いている(鮎が自慢)、城(城址)があり、の観光マップからしてとてもよく似た構図。

備中松山城
備中松山城

旋回して訪ねる町

まずは駅伝会場の吉備中央町に向かう道中、倉敷から岡山市を北上する国道経由でもどちらでも行けるのだろうが、道をちょっと惑って総社市経由のローカルな県道、市道を通過。稲刈りシーズ真っ最中ののどかないい景観だった。ぱっと見、宿泊会場の高梁に向かっていて違うと思えたのだが、どっこいカーナビ君の方が優れていたみたい。

ちなみに僕は未だカーナビを持たない。人吉に最初、クルマで訪れたときも九州道路地図を買い直したくらいの、かつては信州、四国を一周したサイクリング野郎の名残、ドライブも地図を広げてみながら進むのが好き。この旅行記カテゴリの海外旅行などたいてい数ヶ月~一年くらいかけるように、旅行を終えてあらためて見る地図、読む解説が楽しい。

駅伝後、高梁市の宿に到着するときも壮観な景色に遭遇。同じく小京都にして盆地の津和野のように、ここでも眼下に広がる町を見下ろしながらふもとに降りてゆく道程。また知らずに突然、現れて感動したのが、その降りゆく国道484号のループ。人吉でも肥薩線が、またえびの~人吉間に大きな国道ループが2つあって楽しんだばかりの、最近、ループに関心をもつようになったばかりのタイミングの良さ。

自分が運転していたら途中の展望台広場に停めて必ず写真を撮りたいところだが、画像は通過した窓からの一枚。ここのループは直径がそう大きくない分、だいぶ急なカーブ角度で非常にきれいな、芸術的円を描いている。宿(高梁国際ホテル)の部屋からも見ることができた。

国道484号線 愛宕ループ橋
国道484号線 愛宕ループ橋

日本三大山城も朝メシ前

2日目、5時半からの早朝ジョグは、三大山城のひとつにして、現存する天守閣を持つ山城としては随一の高さの備中松山城を目指す。

早朝LSDコースも色々と担当が考えてくれた中、途中、舗装路をそのまま西進するか北上する山道かの分岐では「こちらの方が楽しそう?」な遊歩道を提案。とても遊歩道とは思えない長い山道だったが、解散時に配られて初めて知った開催県岡山の示すジョグマップでも往路は山道、復路は舗装路という同じコースになっていて、例により適当な気分で選ぶ旅先ジョグにしては適切な路程だったよう。

高い立地を誇るだけに早朝ジョグにしては負荷のきつい勾配だったが、そこは健脚の集まる陸上部、徒歩だと半日コースに組み入れられる往復2時間超の路程を、それこそ「朝メシ前」に済ませてしまえるのが良さ。徒歩で1時間歩く方がしんどいだろうと思える、これもランニングの効用。

備中松山城天守
備中松山城天守

山城としては朝来市の竹田城が有名だが、僕も期待度大にしていたのが、同じように雲海に包まれる光景。

はたしてこの二日間は絶好の好天。行きの車中から、日中、気温が高くなればチャンスあるのではと思った通りに朝から山あいの盆地、見事な霧が発生。ただ・・・

これも行きの車中から岡山の地元選手かフロンとかにきいておきたいなと思っていた、あの雲海に浮かぶ城が見えるポイントはどこなのか? と。そうはいってもあくまで今回のメインは駅伝であり、昨年2秒差で優勝を逸した雪辱であり、夜の懇親会、そして優勝祝賀会の2次会であり・・・の忙しいスケジュールではきけずじまい。きけたとしても全員で行けるかどうかも分からない。

早朝、雲海に覆われるふもとの町
早朝、雲海に覆われるふもとの町

ガイドでは9月下旬から条件が整えば見れるという、9月中旬にして今回はその千載一遇のチャンスだったと思う、きっとこの日も愛好家はお決まりの定点からカメラを構えていたと思うが、まるでお釈迦様の手のひらで遊ばれる孫悟空の様にその霧の中を汗だくで登っていた自分たちであった。カメラファンからすればせっかくの被写体、天守閣、城壁近くでアリのようにうごめく邪魔な黒点になっていたかもしれない(笑)

そうはいえ、城から浮かぶ雲海の景色もとてもきれいだった。


早朝ゆえ城内には入れず外から見るだけであったが、案内板にもあったとおり、鎌倉時代から明治維新を迎えるまで、幾度も盛衰を繰り返す中、城主が頻繁に変わったよう。相良藩800年と呼ばれる、長きにわたり相良氏の統治におかれた人吉城との対比が際立っていて面白い。

と、高梁市観光はジョグ途中に駆け抜けた武家屋敷とこの早朝の備中松山城登城のみ。

難攻不落の名城
難攻不落の名城

ベンガラの町並み、吹屋往来はまたいつか

ちなみに、宿を発つときにフロントに尋ねたビューポイントは、市のガイドマップに記されていた。やはり少し、離れた場所だったようで車で行くのが普通だろうが、これも健脚を活かして行けたかどうかといったところ。

朝食後は高梁を後にして倉敷でアウトレットと美観地区に分かれてのフリータイム。僕としては高梁市内をもっとじっくり見てみたかった、中心部から北西に位置する吹屋地区も関心があったのだが、残念だった。

実はこれも、駅伝会場に向かう車中、岡山の山間部に入って民家の屋根瓦が例の朱色で、「こんなところにまで石州瓦が普及しているのか...」と、(でもまあ、同じ中国地域の山間部だし、そんなに珍しくもないのかな...)と勝手に思っていたのだが、なんでも吹屋地区のこの有名なベンガラ色の屋根も、江戸末期から明治当時、ベンガラで富を得た豪商達が相談しあってわざわざ石見の瓦職人を招いて街並みを統一させたのだという。

自分の直感も面白い方向に働いてあながち、的外れでもなかったようで、そういえば昨年のこの駅伝後の観光でも、吉野川を利用した藍の出荷で豪商を生んだ脇町のうだつの里を学んだ様に、歴史残る町並みをこの目で見たかった。いつかまた立ち寄ってみたいと思う。


 

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