2014人吉温泉旅行-5 スローな旅にしてくれ

ゆっくり、じっくり 楽しむ旅へ。

数日前に届いていたCLUB NTT-West会報誌「Clip Click」を今日、開封してみたら、「ゆっくり、じっくり 楽しむ旅へ。」と題してちょうど人吉が特集されていた(^^)

2日目は相良氏の奨励した鍛冶屋の集積した鍛治屋町に立つみそしょうゆ蔵を見学。記事にも昭和の風情残る町と紹介されているとおり、焼酎蔵のかめも十年単位で開けないというし、城址、武家屋敷(蔵)、寺社・・・と本当に歴史を感じさせて時間がスローに流れている町。

町中心部を流れる球磨川の広くゆるやかな清流が何よりのその象徴になっているね。

鍛治屋町通りのみそ・しょうゆ蔵
鍛治屋町通りのみそ・しょうゆ蔵

汽車の勾配大畑に ゆるめて作るループ式

続けて2日目の目玉、観光列車王国九州の中でもわずか35kmの区間を90分近くかけて走るダントツのスローさが売り? 天下の難所越え区間となる肥薩線の人吉~吉松駅を走るいさぶろう号に乗車。「深く分け入る肥薩線」のところで触れた山深い急勾配の地を明治末期、国家の威信をかけて鉄道技術の粋を集めた工事で開通させた。列車名は当時の鉄道員総裁後藤新平と逓信大臣の山縣伊三郎の名をとった(人吉→吉松がいさぶろう号、吉松→人吉がしんぺい号)。

工事は難を極め多数の犠牲者を出した。宮崎との県境となる矢岳第一トンネルの両側には人吉側に山縣の「天険若夷」、吉松側入口に後藤の「引重致遠」の石額が残り難工事を労う心情が留められている(「天険夷(い)のごとし(天下の険しい難所を平地のようにした)」、「重きを引きいて遠きに致(ち)す(重い物を引いて遠くへ運べる)」)。

列車は急勾配を克服するために大畑(おこば)駅と真幸(まさき)駅の2箇所でスイッチバック方式(折り返し式)をとる。スイッチバックといえば僕は大学時代の夏休み、友人を訪ねた豊肥本線の熊本から豊後竹田に向かう途中で経験したことがある。そのときはそうと知らずに生まれて初めて列車が突然、後退し始めたので大いに驚き慌てた(^^;)

ローカル線の旅 いさぶろう号
ローカル線の旅 いさぶろう号

焼酎のところでも触れたが、大学があっちだった、学生寮という九州各地の田舎者の集まりの中に身を置いて過ごしたおかげで、福岡、長崎、熊本、鹿児島といった都市出身もそうだが、それ以上に竹田や八代や天草や・・・といったローカル(=失礼)な地の友人をたくさん持てた。その中でも人吉には知り合いもいなかったので、あまり知らずにいた、逆に今回の旅が非常にいい機会となってくれた。

話が脱線ならぬ容易に先に進まないのはスイッチバック(前進と後退を繰り返す)ゆえとご容赦を──。

「山線」の美しい景観

再び本線に戻り── 山腹の勾配を克服する通過にスイッチバックと並んでループ線、円を描いて(旋回して)登る方式があるが、大畑(おこば)駅は日本で唯一、スイッチバックとループ線を併せ持つ駅。

真幸駅
真幸駅

スローな大自然を抜けて矢岳駅を過ぎると日本三大車窓と呼ばれるえびの盆地、霧島連山を一望できるポイントにしばし列車が停車する。川線と呼ばれる八代~人吉間に対し、山線と呼ばれる人吉~隼人間のハイライト。

えびの盆地、霧島連山を望む
えびの盆地、霧島連山を望む

肥薩線唯一の宮崎県駅、真幸(まさき)駅を停車後、列車は終点、鹿児島県の吉松駅へ到着。何度も話が前後するが、門司~鹿児島を結ぶ鹿児島本線が今は川内を通って、と触れたけれど、昭和2年に今の鹿児島本線が開通するまでは、この八代~人吉、吉松を経過して隼人、鹿児島に至る肥薩線が鹿児島本線とされていた。明治41年に八代~人吉、翌42年に人吉~吉松区間が開通して晴れて門司~鹿児島間が連結された。

明治42年11月21日 肥薩鐵道開通記念碑
明治42年11月21日 肥薩鐵道開通記念碑

最後まで残っていた区間、というのにしみじみと難所を、当時の工事にかける人々の熱意を思わせられた。

運転手さんが先回りして迎えてくれる吉松駅から再び人吉駅へ。高速を使えば早いが、ここも今回の旅の隠れテーマ? 「スローな旅にしてやれ」で国道221号を通る一般道をリクエスト。

ここでも加久藤峠の両端にえびのループ、人吉ループと2つのループ線があって、それを是非、味わいたかったから。ちなみに九州自動車道の人吉~えびの間が開通したのが平成7年。ここでも最後に残った区間、この完成で九州自動車道は全線開通し青森~鹿児島間が結ばれた。

人吉ループ
人吉ループ

僕が大学を卒業して初めての勤務地となる岩国へ赴いた平成2年のときは、わずかな荷物の引越し用の軽トラで山陽自動車道を途中、降りていた(まだ開通していなかった)。平成4年に山陽自動車道の山口県内区間が全線開通し、岩国を去る平成5年春にはそのことをほんの少し、感慨深くも思った(というか、当時、ものすごいピッチで山陽自動車道の工事が進められていた)のだが、もっと大動脈の九州自動車道の方がそれより後だというのにもやはり、大変な区間だったのだなと実感。

ループで旋回しながら見下ろすえびの高原や人吉盆地にそんなことも考えた、スローな旅を堪能した親睦旅行となってくれた。

人吉駅
人吉駅


 

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