取材あれこれ 2

掲載写真

写真についてはもう一点――。

帰国後、いくつか記事にしていただけた際に掲載された写真は、当然、僕から提供したものなのだが、中国新聞より先に掲載されたサンデー山口、朝日新聞の2紙には同じ写真が掲載された。ゴール後の記念写真である。

「走っているときの写真がいい」と言われるのだが、残念ながら走っているときのいい写真が全くなかった。レース当日、一応、僕のカメラを同行者に手渡していたのだが、カメラも同行者間で転々としたようだ。何より、同行者もカメラ撮影以上に、応援やその他のことで手一杯だった。おまけに僕のデジカメは古い。今の機種は手ブレ補正等の機能もついているらしいが、僕のは初期のものなので、シャッタースピードも非常に遅い。マラソンのような、そう速い動きでない(しかも今回の僕は輪をかけて遅かった・・・)ときでさえ、慣れない人にはうまく撮れないもの。撮ったつもりが、全然、写ってなかったり、蹴り上げた後ろ足と尻しか写っていなかったり・・・ばかり(いつか特集ページを組んでみたいくらいに沢山ある)。

goal直後
ゴール直後

サンデー山口、朝日新聞の2紙が掲載されてから、中国新聞の掲載までにはまだ少し、間があったので、僕も他にいい写真がないかと同行者らに当たってみた。すると、さすがはプロ、というようないいショットを好意で提供してもらえた筋も実は、あった。永山さんにもそれを転送したのだが、結局は採用されず。載ったのがこの写真である。まさにボロボロの状態でゴールした直後、苦痛に顔をゆがめている、ほとんど泣き出す寸前のような写真である。誰が撮ったのかも分からないし、カメラが向けられていたことさえ知らなかった。最初、見たとき、なんでこんな写真だけが、ばっちり撮れているんだ・・・と思ったくらいである。それを永山さんは取材の時に「これがいい」と言われるから、大いに苦笑した。

足を引きずっている、というより、路面にへばりついて持ち上げることさえ難しいくらいの状況だったことが写真でよく分かる。女子マラソン2位の泉さんがゴール後にへたりこんで立ち上がれなかった、そのまま担架で病院に運ばれたのとも大差ないくらいに、僕も満身創痍に近い状態だった。レース中の好ショットはサングラスと帽子をかぶっている点で新聞掲載にはやはり、不向きだったようだが、この写真が選ばれるのは「まさか」だった。

普通ならゴール後のガッツポーズか力走シーンが掲載されるところ、紙面を見た人は少し、びっくりした(笑った)かもしれない。僕もこんな表情、見られたくなかった。もちろん、ブログでも載せなかったけれど、でも、この1枚が今回のレースを実によく物語っている。今回は紛れもなく、そうしたレースだったのである。レースを一言で象徴している写真、今では僕も気に入っている。

デフリンピックサイト

新聞社ではもう一人、ブログでも時々、触れた読売の林さん。

読売新聞大阪本社の林さんは今回、大会期間中、選手同様にメルボルンに滞在し、読売オンライン関西サイト内のデフリンピックページの原稿を執筆された。 全日本ろうあ連盟のホームページとともに、読売オンライン・デフリンピックサイトのおかげで、現地での各競技の成績や選手の活躍ぶりが日本にいる(世界に散らばる)応援者にも時をおかずして知ることができた。


4年前のローマ大会でも既にネットは普及していたけれど、今回の2つのサイトのように、日本のろう者が日本語で読める専用のページが用意されたのは今回が初めてだったろうか。

選手団はともかく、サイト内を見るだけでは気付ける人もいなかったと思うが、林さんも僕らと同様にろう者である。ろう者でいて新聞社に勤められている事実を知って僕はまず、驚いた。今回はろう者五輪ゆえに、取材は日本人ろう者を相手にして全て、手話で行えるという点では特に支障なかったろうけれども、それでも海外の地で聴者とペアを組むでもなく、全て一人で行動するのは大変だったろう。メルボルン市内外各地に散らばる競技会場の、いつ、どこで、何が起きているのか、聴者なら電話で労なく知ることのできる情報も得られない。目と耳ならず、足と目だけをフルに使って全て責任を持って記事を書き上げられた。写真も全て林さんの手による。

完走できて安堵の笑顔
完走できて安堵の笑顔

林さんは小柄な女性ながら、期間中の全日程、ほぼ全競技を一人、駆けずり回って取材された。練習や試合中は選手を追いかけて、選手が寝ている間に記事を書き上げ本社に送信して、と、まさに寝食の時間を惜しんで仕事に当たられていたろう。僕もそれが分かって、選手以上に大変だな、と思っていた。頭が下がった。陸上チーム4選手の全試合も観戦され、武内さん、泉さんの銀メダル獲得では詳細なインタビュー内容を掲載された。大会序盤の1万mを観戦に来られてから、僕も気さくに話ができるようになったのだが、僕も当事者として、ホテルの部屋で毎日、読売のサイトをチェックしていた。林さんの日々の記事を楽しみにしていた。結果を出せなかった僕のことも好意的に取り上げていただけた。感謝の念に耐えない。

話をすれば見えてくること

その他、一般の方にはなじみがないと思うが、字幕・手話番組を専門に放送する「CS障害者放送統一機構」の番組でも少し、走っているシーンやゴール後のインタビューが映るなど、いくつかのメディアに取り上げられた。

女子マラソン表彰式
泉さん不在のまま行われた女子マラソン表彰式
〜1位スウェーデン、2位日本、3位ロシア〜
男子マラソン表彰式
バララットの空にはためくアフリカ勢国旗
男子マラソン表彰式
1位2位ケニア、3位南アフリカ
・・・ここに日の丸を掲げられたらどんなにか気持ちよかったろう・・・

こう書くと、いい気になっているように思われそうだが、地域版とはいえ(あるいは、だからこそ)、新聞等の紙面に掲載されるのはやはり、かなり恥ずかしいもので、次はもう勘弁してほしいと思う。ただ、今回は個人の趣味としてのレースではなく、半ば公的な立場での、日本聾者代表としての立場であったから、取材に応えるのも義務だということも分かっていた。特に山口県では初めての選出ということもあり、「デフリンピック? 何それ?」というのが当然の、世間の人にも少しでも関心を持ってもらえる契機にはなってくれたと思う。また、これが一番の希望であるが、県内の若い聾者には、「次は僕の番」と世界の舞台という目標を持ってもらえるきっかけにきっと、なったはずと思う。次は山口県内から多くの聾者が出場し、そして、是非ともメダルを獲って帰ってほしいと願う。さらにまた、県内にとどまらず、こうして書き綴っているページを読んでもらえている聾者に、次のデフリンピックに活かされるものがなにがしかあるならば、なお嬉しい。

それから、紙面に載ったり画面に映るのは気恥ずかしいが、取材自体は楽しかった。特に新聞記者の方は話をきき出すのがうまいから、楽しく話ができる。これは一昨年の防府読売マラソンや読売スポーツ大賞で取り上げてもらえたときにも感じたのだが、普段、外部の人と接触することも話をすることも皆無の環境の職場にいると、取材というより、世間話の延長の側面があって面白い。少し親しくなれば、相手のことを逆にきき出すのも僕は好きで、30分、1時間、ちょっと話をしただけでも、実は同じ大学だったとか何だとか、不思議な縁も沢山、出てくるのである。4年に1度、生涯に一度あるかないかの大会出場を機に、こんな世間話が良かったというのも変だが、これもいい機会を授けてもらったと思っている。

もう取材は一生分、受けたと思っている。


 

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