陸上チーム監督

競技チームにおける監督の役目

開会式前
開会式入場前

現地で僕は、他国の競技チーム監督に聴者が珍しくないことを知った。ブログ上で、日本選手団はほとんど、監督もろう者なんだろうと述べた(「豪手話、ハングル、ASL」)。けれども、あとで徐々に知ったことだが、日本チームでも、監督やコーチが聴者、という競技種目はあったようだ。はっきり確認していないのだが(誰が聴者で誰が聾者かというのは、特に聾者の側からは分からないものである)、バレーやサッカーがそうだったのではないかと思う。

例えば、サッカーの世界で外人監督が珍しくないように、デフリンピックにおいても、選手とのコミュニケーションがうまくとれれば(あるいは通訳を介してでも)、指導者が聴者であれ聾者であれ、何ら問題はない。面白い(といったら失礼だが)ケースでいえば、バドミントンチームは、最終日に女子ダブルスで金メダルを獲得した選手の父親が監督だったようだ。

陸上監督の困難さ

他競技について僕が口を挟む余地はないし、また、監督について選手の僕がどうこう述べる資格もないが、こと陸上チームについては、他競技以上に監督の任務が大変だったろうと思う。陸上は、まず個人競技で成り立っている種目である上、その競技種目がそれぞれ専門的で非常に多岐に渡っている。バレー、サッカー、バスケットといった団体競技なら目指すものはチームで一つである。監督あってのチームであるし、卓球やバドミントンやテニスといった、個人種目のある競技もプレーの質は基本的に同じである。

ところが、陸上は各選手でまるで違う。「走る、投げる、跳ぶ(Run,Throw,Jump)」で、競技の性格が全然、違うものである。さらには、マラソンと100mがまるで違うのは無論、100mと400mでさえ、もう同じ部類だとはいえない。ハンマー投げと槍投げも然り。それぞれに強い専門性を有しているから、指導者の側も指導できる範囲が限られてくる。

今回の陸上チームは果たして、長距離(泉さんと僕)、中距離(西川君)、投擲(武内さん)と分かれた。全く同じ種目の泉さんと僕でさえ練習方法、調整方法は異なるように、練習でも4人の選手が同じメニューをこなすことはまずない。他競技と違って、監督あってのチームではなく、たまたま専門の違う4人が集まった結果のチームである。

今回の飯村監督は元々、400mを専門としていた方である。400mでは名選手であっても、やはり4人とは種目が異なるから、競技そのものについての指導は難しい。4人は国内ではそれぞれの競技で第一人者であるがゆえに代表選手になったわけで、各自に自負があるし、強いて誰か指導者を求めるということもなかった。特に泉さんと僕のようなマラソンは、ほとんどの市民ランナーと何ら変わることなく、誰かに教えてもらうこともなく徹頭徹尾、一人で練習し、一人でレースに参加する。

必然的に、陸上チームに求心力は生まれにくく、監督もチームを統率することが難しい。練習や試合以外も団体で行動する他チームに比べて、陸上チームはホテルでとる朝食でさえ、各自バラバラということが多かった。

僕も(皆も)、監督の指示に異を唱えたことは度々あった。例えば、最初、「夕食は皆で集まってとれ」というのに反したように、出場種目に合わせて、食べる時間も食べる内容も全く変わってくるのだから。団体競技と違って、一致団結とはいかないが、悪い意味でなく、それでいいのである。

奔走してもらった監督に感謝

陸上チーム
陸上チーム

ただ、監督の側はやりづらかったろうと思う。「監督」という名称ではあっても、他競技のように絶対的な立場で監督らしく振る舞うことができないのだから。選手に対しての監督の役目は、毎夜の監督会議で総監督や役員からの連絡事項と、主催者からの競技種目についてのルール説明やプログラムの変更等を選手に伝えることの大きく二つだったろう。情報伝達のパイプ役である。

僕も監督の年齢とそう変わらないだけに、監督の立場はうかがえた。監督の苦労は充分に推察された。同情した。今回から随行が認められたトレーナーも然り。トレーナーといっても、選手がいつもケガをしているわけではないから、トレーナー本来の役目を発揮することはそうあることでない。

こうなると、監督やトレーナーに求められるのは、指導的側面よりも選手のサポート的側面である。監督もトレーナーも、肩書きのプライドを捨て去って、選手のサポートに徹することになる。選手の側が甘えていいということではないが、そうでもなければ随行している意味がない、というのもまた事実である。もちろん、立場が逆なら、当然、僕もそうすべきことである。これは僕も行って初めて分かった、気付いたことである。仮に僕が今回、デフリンピックの出場経験なく監督に選出されたら大いに戸惑ったと思う。連絡事項の伝達だけで重要で、監督の重責を果たす資質は僕には到底ないが、仮にやらざるを得なくなったなら、荷物持ち、雑用係と覚悟を決めて行く。

また、これは他競技チームも同様だが、特に技術的に難しかったろうと思うのが、主催者とのコミュニケーションだと思う。日本チーム内のコミュニケーションなら問題ないが、地元主催者とのやりとりは全て国際手話で説明がなされるのである。ろう者の場合、国を越えても他国の手話を推察する、理解するのに長けているから、おおよそのことは想像がつく面はあっても、やはり、細かな技術点等、全てを理解するのは至難だろう。今回、武内さんの槍投げについて、予選と決勝を別の日に行うのか、一日で一気に済ませるのか曖昧だったとか、僕の1万mで本当なら抗議が必要だったとか、非常に大切なコミュニケーションを、完全には理解できない国際手話でやりとりしないといけない。

今回、飯村監督と東口トレーナーは、その点、大変だったろうが、よくやっていただけた。何が選手のためになるのか? を察すること自体、難しかったろうが、懸命に情報収集に努め、選手のコンディション維持に配慮してくれた。思うに、今回のデフリンピックにかける意気込みや熱意は、誰よりも監督が一番だった。選手と違って、競技のない日でさえ観光や他国選手との交流に浮かれる訳にもゆかず、日夜、きたるべき競技の準備に余念がなかった。日々の報告書の作成という任務もあった。「レース後雑感」で述べたように、僕も監督のために結果で報いたい、と強く思うに至った。

滞在中、少しずつではあったが、僕なりにそうした点に気付いてゆくことができた。監督も同様に、期間中の毎日が手探りの状態だったろう。奔走された監督に感謝している。


 

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