みたびバララートへ

1/15(土)  古き良き町、バララート

Wesleyan Church
Wesleyan Church

最高に美しいマラソンコースと思えたバララート、いつかまた将来、この地を懐かしく訪れたいと思うが、その前に、しっかり頭に焼き付けておきたい。そう思って帰国を2日後に控えた今日、みたび、バララートへ向かった。

最初は、近ツーの用意してくれているオプションツアーも考えた。結構、お得な値段で要所を巡れるようになっている。それもきっと楽しいと思うけど、僕は僕で、もうとにかく最高に気に入ってしまったバララートへ。

最初、試走で訪れたとき「街がクラシック映画のセットのよう。都会の喧騒を離れた自然豊かな地」と述べた。昨夜、昇ったメルボルン展望台に、ビクトリア州の他の観光地の紹介も壁に掲げられていたのだが、バララートもその中にあって、ざっと読むと、我ながら、結構、街の特色を言い当てていたことを知る。全く予備知識のなかった都市を訪れての自分の第一印象、直感が間違っていなかった。

バララートは、1851年、ゴールドラッシュで沸いた町。一気に開拓者が流れ込んできて、それが現在のバララートの文化と遺産を形作っている。開拓者の街としての風情が残っている、残しているのだ。前2回、駅のわずかなイベントチラシしか持っておらず、電車の中から、この街の歴史を知りたい、観光案内を早くほしい思いが強くなる。

到着後、まずはウェンドリー湖周辺のマラソンコースをもう一度、少し、歩いてめぐる。今度は美しい景色を思う存分、写真に収めながらゆっくりと歩く。歩いてでないと気付かないこともある。ジョガーや散策者が絶え間ないウェンドリー湖の歩道は、この地で過ごしたSteve Moneghetti氏にちなんで、Steve Moneghetti Trackと名付けられていることを知る。さすがに1周10kmを歩くのは時間的にも無理だから、少し心残りのまま、引き返した。

Run,Walk,Bike

インフォメーションセンター
“i”(インフォメーションセンター)前で

午後、今度は駅から見てウェンドリー湖とは逆方向の、Sovereign Hill(ソブリンヒル)とEureka Centre(ユーリイカセンター)という、バララートの主な観光スポットを訪れてみようと思い、ここで初めて街のインフォメーションセンターに立ち寄る。最初からここに寄るべきだったのだ。メルボルンもそうだが、オーストラリアは日本のように駅に観光案内所、観光協会があるのではなく、街の中にある。ここで、切望していた街のプログラムその他の資料をもらう。ソブリンヒルまで20分くらいというから、歩いて向かう。歩くのはさほど苦にならない。・・・が、どうしようか迷っていた、玄関口に置かれた自転車をやはり借りよう! と決意して引き返した。

「そうだよ、僕は元々、18歳の夏、信州を駈けたサイクリストなんだから。バララートも信州的な街だと自分でいった・・・。ここは絶対、自転車でなくては! 自転車ならもう一度、ウェンドリー湖に行って1周できる時間は充分にある。もう、この際、帰りの電車を1本遅らせて、今日は目一杯、バララートを駆け回ってやろう!」いったん決意すると、我ながらのこのアイデアに興奮した。しかも日本の駅レンタサイクルにあるママチャリでなく、24段変則のMTBであるのが、また、元自転車野郎の僕のプライドを大いにくすぐってくれた。

OH! 自転車の爽快なこと! そしてこのMTBがまた、すこぶる乗り心地よく、ぐんぐんと加速できる。試走の時から目にしていたが、バララートは自転車レーンがきっちりと整備されていて、サイクリストにもこの上なく好都合な街。この日も土曜日とあって、クラブらしきメンバーが集団で走っている。デフリンピックのサイクリング競技が実施されたのも、他でもない、このバララートの地。

Sovereign Hill
Sovereign Hill

ソブリンヒルまでの道をたずねまくるのも、地図を眺めて街全体の構造を把握するのもサイクリングの魅力。ずっと以前の感触がよみがえってくるようで、ぞくぞくしてくる。歩いたらやはりきつかったろう道のりをあっという間に到着。ヒルというくらいだから、結構な坂道もあってマラソン翌日の大腿四頭筋にはこたえたけれど、坂を下る時の快感が格別なのも自転車ならでは。ツアーバスかマイカーでないと来るのが少し難しい地に、ジャパニーズが一人、MTBで颯爽と乗り付ける、っていうのも悪くない気持ち。ここは、ちょっとしたテーマパークのように、金を採鉱していた当時の様子を再現している。アメリカ西部のカントリーのような雰囲気で、馬車も走っている。

バララートの街並みがクラシックなのは、この路線を頑なに貫いているから。多くのホテルや建物がわざとそうしたクラシカルな建築様式で建てられている。「これが俺たちの町のルーツだ」という、強固なプライドが感じられる。

The Eureka Center
The Eureka Center

ユーリイカセンターも、世界史の多くの例が示すように、1854年、採掘権をめぐっての反乱、自由と民主主義を求めての戦いの地という(昨年末が150年記念イベントだったよう)。「ユリイカ」はアルキメデスの「我、発見せり!」。この言葉がなぜ冠となっているのか、のつながりも、センターでは説明が掲げられていたのだが、僕の頭脳容量不足で「我、いまだ理解せず」。


*1/16追記
 アルキメデス同様、入浴中にふと気付いた・・・というのは嘘だが、難しく考えずに、要は「(金を)発見したのは俺だ!」の言い分を発端にした争いという意味なんだろう。

何度でも訪れたい美しき街

歴史の勉強はこれくらいにして、残る時間は、やはり何よりものマラソンコースにあてることとする。自転車なら4周もできるかなと思ったけれど、実際には、途中、何度も立ち止まって、また立ち降りて、試走の時から興味をそそられていたコース沿道の記念碑や大学や街並みをカメラに収めた。走るよりもゆっくりと時間をかけて。

一夜あけてまた元通りになった街並みを見ると、僕のつい昨日だったはずのレースのあの苦しさも、もうすっかりどこかに放り去られてしまったようだ。通りの美しさが穏やかな気持ちをもたらしてくれる。

教会や大学や病院といった公的な建物がレトロなのに加えて、住民の家の一軒一軒が本当に美しい。それぞれが個性的でいて、全体としても見事に調和された美しさがある。誰がこうした統一的なセンスを指導できるのだろう? 不動産屋の店頭も、日本ではまず間取りが図示されるところ、ここでは庭先の情況が写真で掲げられる。窓一面に整然と並べられた物件の写真は、見ているだけでうっとりするような世界で、切手コレクションのようにも見えてくる。

Sturt street
Sturt street

大通りもマックやケンタッキーはごく少数で、大手資本の進出を許していないように思える。メルボルンでは50mおきくらいに、掃いて捨てるほどにあるセブン=イレブンがないのもこの街の意志なんだろうな、と思う。

電車で90分、再びメルボルンの地上に降り立つと、「ああ、帰ってきてしまったなあ」と、映画館から出るときのような、それまでが夢の中にいたような気持ちにさせられる。


 

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