レース後雑感

1/15(土)  打ち上げ、夜景

ヴィクトリアビッター(VB)で乾杯
ヴィクトリアビッター(VB)で乾杯

レース後の定番といえば、まずは打ち上げ。入った店が、僕の期待するバー的なものでなく、おしゃれなランチの延長のようなもので、おまけに僕以外は皆、体調が悪いとか飲めないとかでジュースの注文だったことには拍子抜けしたけれど、ともかく、陸上チーム6名が全競技を無事に終了できたことを祝った。僕はようやく我慢していたビールにありつく。

昨日は東口君と武内さんが暑い中を買出しに行ってくれ、夕食をチームに振舞ってくれたのに加え、朝(というより深夜)早くから、マラソン2名のために朝食用のおにぎりを作ってくれた。おにぎりはバスに乗り込んだ他の通訳者やスタッフらにもお渡しする配慮ぶりが泣かせた。

監督も出発前の3度の合宿をはじめ、現地入りしてからも日々、選手のために奔走し、奮闘された。僕も、これだけ一生懸命動き回って選手を案じてくれる監督のためにも結果で報いたいと思った。この監督のもと、とてもいいメンバーの集まりで、小世帯の陸上チームから武内さんと泉さんの2個の銀メダルが生まれた。陸上チームとして大いに喜びたい。メダルには届かなかったが、僕も銀メダルついでに引っかけるならば、陸上チーム中の最年長選手として、「いぶし銀」的な役割が果たせたのではないかと思う。

もうひとつの僕なりの定番。打ち上げ後、いったん部屋にもどってから、僕は、レースが終了した日の夜に行こうと心に決めていたメルボルン・タワーを目指す。徐々に現れ始めた筋肉痛に脚は悲鳴を上げつつあったが、南半球で最も高いという展望台から、市内を一望する夜景に一人見入って、レース後の気持ちを癒した。

多くの方の支援のおかげで

メルボルンタワーからの夜景
メルボルンタワーから見下ろす夜景

ホテル一室にツアーの事務局が駐在していることは以前に触れた。レース後、立ち上がれずに担架で病院に運ばれた泉さんに付き添った飯村監督と東口君を残して、先に3名は電車でバララットから帰っていたのだが、心配していた泉さんらがようやく帰ってきたことを知る。彼女らが事務局にレース結果とその後のことを報告していたところに僕も出向くと、銀メダルの泉さんへの祝福は当然のこと、僕の5位入賞についても事務局の方の皆がしきりに祝福してくれた。田口団長にも非常にねぎらっていただけた。メダル獲得が使命で入賞ではダメと思っていたから意外で、この好意的な祝福に戸惑いつつ、僕も完走後の結構な肉体的ダメージを受けた状態だっただけに、ねぎらわれるとやはり、胸にじんときた。

大杉さんも然り。全日ろう連のデフリンピック特集ホームページの写真ニュースページでは、泉さんの活躍に加えて僕のことにも触れていただけた。前日、朝食会場で大杉さんと話していた時「毎朝、早いですね」といったら、「(君ら選手と)同じだよ」といわれたのだが、練習や試合以外はリラックスしている選手と違って、大杉さんは朝から夜まで一日中、事務局に張り付いてあらゆる作業に尽力されている。この日も、陸上チームを乗せたマイクロバスが朝4時に出るという、それだけのために、大杉さんも早くに起きて、手配に抜かりのないことを確認し、見送っていただける。恐れ入るばかりである。

こうした非常に多くの方に支えられて、また、支援、声援を受けてレースを走ることができた。スタートラインに立つことができた。ゴールすることができた。今思えば、結構なプレッシャーだが、僕のひとつのレースのために、後にも先にも、これほど多くの人の助けをもらうことはないだろう。感謝しきれない気持ちでいる。

そういえば、出発前の年末、地元の壮行会で新聞記者に抱負をたずねられて、「とにかく最後まであきらめずに走り切りたい」と、そのときはあまり実感できずに述べた言葉だったが、それが果たせたこともこの周囲のサポートのおかげだと思っている。


 

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