レース概況

1/14(金)  最悪のコンディションでスタート

Ballarat City Oval前をスタート
Ballarat City Oval前をスタート

こちらに到着してから数日はともかく、その後もずっと体調が今ひとつの状態が続いた。なぜなのか分からない。どうして、いつまでたっても戻らないんだ? という焦りが続いていた。日々の練習以外にさしてすることもなく、毎日8時間、時に10時間、しっかり寝てもダメ。

この状態で10kmレースまでなら出場を決めても、20km以上にはまず出ない。これまでのマラソンレースの中でも最悪のコンディションで迎えることとなった。でも、個人の趣味で、自分の責任で出るレースと違って、4年に一度の舞台の日本代表として選出されてきた以上、やめるわけにはゆかない。

覚悟していたとおり、スタート直後から全く足が動かず。力が入らず。自分の足でないような、病人のような走り。時々、舗装がでこぼこしている路面の1kmもたたないうちにつまずきそうになった。2kmもせずに、すぐに先頭集団から離される。6kmでもう視野から離れる。1万mで途中まで並走したスペインの選手と、トラックがメインのはずのロシアの選手にも抜かれる。この時点で13位。不思議なのは、後続もずっと離れて、振り返る限り、見えないこと。でも、1周(10km)もせずにこれでは、いつか抜かれてしまうだろう。

2周目。1万mが9位だったスペインの選手との差がどんどん広がる。・・・ということは、僕のタイムが予想以上の大きなペースで落ちている? コースは、キロ表示されるときいていたはずが、1キロごとどころか、5キロごとの表示さえなく、ペース配分がつかめない。唯一、ちょっとした折り返し地点があって、そこで後続選手との差を確認できるのだが、2周目で後ろにも3人が、ウクライナ(1万mで1周走らないミスでの失格君)、ポルトガル(1万mで途中棄権、そしてフィンランド(1万mで僕の次の8位)の選手が迫ってきていることを知る。

なんで前に進めないんだ?
なんで前に進めないんだ?
レースを象徴する一枚・・・

1周目でジョグのような走りしかできず、キロ4分を超えるくらいのペースだろうと観念していた。ペース走にもならないお粗末な走り。一体何やってんだ? でも今日はもう、1周目から一つ前の選手とさえ大きく離された13位だったから、入賞はおろか完走しか考えられない。ビリでも仕方ないと思った。女子に抜かれるかもしれないとさえ思った。ものすごいみじめだろうが、それでもやめられないだろうなと考えていた。

人生に次はないから

ウェンドリー湖五輪記念碑
The Olympic Rings
(ウェンドリー湖五輪記念碑)

3周目――。人生にまた次回、というのはそうそうあることではない。これが僕にとって最初で最後のデフリンピックになるだろう。走ること自体は続けるし、機会があれば次回も狙いたいが、最後のつもりでないと。試走したときに感動したように、そして、今日、男女計30名のわずかなデフランナーのために、国際マラソン並の立派な設置がなされ、交通規制もされた、青空も広がる完璧に近い環境の中を走ることは絶対にこの先ないだろうことにあらためて興奮した。これほどに素晴らしいコースを走れたという想い出を後々、振り返ろうとする時に、途中棄権したのではとてもではないが振り返れない。いつかまたオーストラリアを訪れるとき、このバララットの地を懐かしんでまた訪問したい。それだけが僕の緊張の糸を切らさずにいてくれた。

ロシアの選手が2人、棄権したことを知る。これで11位に浮上。そして、しばらくすると意外にも前のスペインの選手が少し落ちてきたのを確認。今さら順位がひとつ上がったくらいで喜ぶこともできないけれど、マラソンという苦しい競技、やはり、タイムとはまた別に、一人ぼっちでみじめに走り続けるよりかは、順位がひとつでも上がると嬉しい。単に前を走っていた選手が棄権するだけでなく、やはり、自分が追い抜くことができると一層、嬉しい。人間の競争本能というやつだろう。でも、後ろの3人に抜かれては元も子もないと、いいきかせた。

25kmでスペイン選手を抜かして10位に浮上。メダルは絶望の状況でも、何とか入賞を目指してみようという欲が芽生える。メダルと入賞は大違いで、入賞しても何か形あるものが手渡されるわけでも何でもない(日本なら賞状くらいありそうだが、賞状は日本独特の文化だろう)。ただ、「入賞」と記録されるだけのことである。でも、走っているランナーにしてみれば、何でもいいから、自分の頑張った証が残る方が嬉しい。

Ballaratを駆ける
まるで足はあがらないが・・・

そういえば、今日のレースでは、1周目であっという間に順位を下げ、その後、早くも一人旅となっていたが、初めて追い抜いたわけで、誰でもいいから「抜いた」ということで、少し力も出てくる。さらに27km地点でケニアの選手が棄権している。これで9位。折り返し地点では、フィンランドの選手が2周目で棄権したことも知る。フィンランド選手は1万mで僕と最後まで競った8位。実力的にも年齢的にも同じくらいに見えて、マラソンでもきっといい勝負ができると思っていたのに、あっけない。ここでは、2周目で迫られていたウクライナ、ポルトガルの選手が後退したことを知ったが、代わりに、これも意外にもハンガリーの選手が近づいてきていることを知る。マラソン後半ともなると大体において、追いついた方が絶対に力を持っている。追いつかれた方はたいてい、ペースそのものが落ちている。まずいなと思う。さっきまで順位はどうでもいい、いくら抜かれても完走だけは果たしたいとだけ思っていたはずの自分が、やはり、順位に明らかに執着し始めたことを知る。

3周目終わりの給水所。飯村監督が興奮して「8位だ!」と伝えてくる。「まだ、9位のはずでは・・・。それとも上位選手がまた僕の知らないところで棄権したのだろうか」。あるいは、「8位を目指せ」という叱咤か? この監督の「8位だ」には、1万mの時に充分、懲りているので、とりあえずは9位のつもりでいる。

最周回

4周目。3周走れれば何とか完走が見えてくるはず、といいきかせていたから、いよいよ最後の周回だと思うと、少し力がわいてくる。

今日、バスでバララット入りしたのは陸上チーム6人に大竹総監督、通訳2人(山口、小川さん)、読売の林さん、オリエンテーリング選手の中野さん、そして近ツースタッフの方。1周目を終えた時に早くも1位と圧倒的な差をつけられ、順位も13位という僕のひどい状態に、彼ら日本応援団皆の顔は、はっきり失望していた。僕もふがいなく、いたたまれなかった。でも、4周目、少し順位が上がると、そして最後の周回という意味でも、皆の応援がまた少し沸き立った。僕も、力がみなぎってきた。

34km、ペースダウンしたケニアの選手を追い抜く。これで8位(監督の言葉を信じるなら7位)。37km、残り5kmで、どこから現れたのかと思うほど突然に、イランの選手の背中が300m前に見える。ケニアの選手ほど彼のペースは落ちていないから、簡単には抜けないが、徐々に差を詰める。38km地点、トルコの選手が棄権している。トルコ選手は1万m10位。それが先頭集団にずっとついて行けたことをずっと不思議に思っていた。余程、マラソンにコンディションを合わせていたのか、と。でもやはり、明らかなオーバーペースだったよう。白目をむいた状態でひっくり返っていた。これで7位(6位)。残り3km、ついにイランの選手(1万m6位)を追い抜く。やっと1万mで僕より上位選手を一人追い抜けた。

最後の給水所で、監督の「5位!」に今度こそ間違いないのだろうと信じてゴール。6位イラン、7位ハンガリー、8位アメリカと続いた。

何とかゴール
何とかゴール

タイムの方はそんなものだろうなと思いつつも、あらためてショックを受けた最悪に近いもの。まさか、これほど悪くなるとは思わなかった。でも、とにかく完走できたこと、おまけに最悪を覚悟した1周目中には思いもよらなかった順位でゴールできたことに、充足感は残せた。応援の皆も喜んでくれた。


 

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