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12/12(日)  県ろう連壮行会

萩城下町マラソンを走り終えて、そのまま情報センターに向かう。

県ろう連の赤井理事長から連絡あって、デフリンピック出場を激励してくれるのだという。センターでは県ろう連労働対策部主催の「労働セミナー」の最中であった。グループディスカッションの盛り上がっているところ、一時中断して、赤井理事長、塚原副理事長、岡村体育部長らの好意で、その場を利用して県ろう連としての激励会にしていただけた。「ウィニングランはこれで」と手渡された寄せ書きの日の丸には驚き、胸を打たれた。山口県からは初めての代表選出。何とか、結果を残せるといいのだが。

12/13(月)  時の人

防府読売マラソンを週末に控えている上、仕事も片付いていないから迷わず辞退したが、この日は日本選手団の壮行会が東京で開催された。陸上チームからは東京に近い別選手が当初、呼ばれていたのだが、都合悪いらしく、おこぼれで最後は僕に声がかかった。旅費支給で一流レストランの昼食付き。兄の皇太子様の「人格否定」発言に異を唱えて今、まさに時の人である秋篠宮殿下夫妻ご臨席の場とあっては、非常に行きたかったのだけれど。

12/23(木)  沖縄合宿

4日間の沖縄合宿へ向かう。デフリンピックに向けての強化合宿、最終合宿である。

夕方到着。沖縄はやはり暖かく過ごしやすい。ただ、沖縄といえば那覇市のイメージを持っていたが、宿泊地は沖縄市。街にそう観光スポットはなく、沖縄に来たという実感はわかない。ホテルはウェスタンホテル。基地のある町らしい名前のとおりなのだが、ちょっと古い。でも、ホテルらしくない、旅館のような個人経営で女将さんが非常によく対応してくれた。僕らの貸切のよう。

デフリンピック代表選手は4名だが、今回の合宿参加は僕だけ。知った時は愕然とした。当初から僕は、この合宿、防府読売を終えた翌週のことゆえ、大した練習のできないことは覚悟していた。前回2回目の合宿を欠席したこともあり、トレーナー他、まだ会っていないメンバーとの顔合わせの意味が大きかったことと、今回は他の3名の練習の手伝いのつもりで、と思っていた。

けれども、僕一人・・・。この合宿期間中の練習は、僕一人のために他に集まった監督、トレーナー、そして聴障陸上協会の役員ら、計5名が合わせてくれる(というか、合わせざるを得ない)状況となった。これにはまいった。申し訳なさで胸が痛んだ。

防府を走り終えてケガが右足に出てしまっていたことも想定外のことで事態を悪化させた。ここ最近は、マラソンを走っても引きずるようなケガをしなくなっていたから、最低でもジョグ程度なら走れるつもりでいたのだが、今回は歩くだけでも痛い。出歩くよりも自宅で安静しているのが一番の治療である。正直、合宿参加を取りやめたかった。でも、選手が僕一人の合宿で、今さら欠席するわけにはゆかない。

飯村監督、東口トレーナー、聴覚障害者陸上協会から三枝、中村氏らがわざわざ遠くから集まってきてくれたというのに、肝心の選手が練習できないのでは話にならない。何とも罰の悪い合宿である。

12/24(金)  沖縄で迎えたクリスマス・イブ

朝、6時半から散歩。やはりまだ、歩くだけでも痛む。午前、県総合運動公園へ。プロ野球のキャンプも張られる、非常に大きな施設、立派な施設で、このために合宿地が沖縄市になったのだが、今の僕にはもったいない。陸上競技場を前に、何もすることができない。ただ、所在ない時間を過ごした。

飯村監督もがっかりというか、いらだっていたと思う。でも、僕にとってもいい災難。他の3人が来ない分、期待も非難も全部僕に集中する。元々、この合宿に体調を合わせて来たわけでもなかった。僕も年明けの渡航前に片付けないといけない仕事が未だに片付かずに大いに焦っている。渡航準備も何もできておらず、慌てている最中である。みんなにも事情はあろうけれど、「泉、西川、武内の3人、何でお前ら来ないんだよ」って恨んだ。「最後なので絶対参加のこと!」というのに、正直に来た方が損をする。

結局、競技場まで来たものの、走ることもできずに、補強するくらいしかない。それさえトレーニング室は室内シューズが必要とのことで、入室もできない。筋トレを競技場の芝の上でやった。4人はただそれを見守るしかなかった。

ちなみに、沖縄はやはりこの季節の合宿にはうってつけのようで、仙台を本拠とする七十七銀行女子陸上部も同じく競技場を使っていた。朝の散歩中もすれ違ったし、ホテルも至近距離であった。ただし、こちらは充分、立派なホテルであった。あと、日本実業団陸上競技連盟競歩グループもその隣のホテルに泊まっていたようで、それぞれ歓迎の横断幕がホテル前に豪勢に掲げられていた。「歓迎 日本聴覚障害者陸上協会様ご一行」は、僕らのウェスタンホテルにはなかった。

午後はしょうがないので、メニュー中止。クリスマス・イブの午後を部屋で静かに過ごす。夜、下防氏と小川氏が東京から到着。これで選手1名、役員6名に。

12/25(土)  ようやくジョグ開始

朝、痛みの消えていることをひたすら願う。6時半散歩。やはりまだ少し痛みは残るものの、沖縄まで来て何もできないのではあんまりだから、今日は軽くジョグすることにした。

この日はホテルから徒歩で行ける、今度は「市」の運動公園。やはり朝の散歩ですれ違った七十七銀行チームとここでも顔をあわせる。ただし、親しくなる、ということはない、残念ながら。それから、今日はまた別に、見覚えのあるきれいな女性がいるなあ、と思ったら、ピップの(旧姓)小島選手だった。こちらの集団はいくつかの実業団混成のナショナルチームのよう。七十七銀行も短距離だったが、みんな当然、速そうである。

豪華な女性陣の顔ぶれに気を良くした・・・からではないが、僕もトラック外側縁の芝の上を慎重にスロージョグ。激痛にならないことを確認しつつ、6日ぶりにそれらしく「走る」ことができた。

今回の合宿で一番、成果があったとすれば、それは「デフリンピックに行くんだなあ」ということをようやく実感できたことである。考えてみればあと1週間後! のことである。ここまで、まずは防府読売に向けて精一杯だったし、仕事の方も年末までに絶対片付けないといけない事情があった(片付かなければ出国できない)から、渡航準備は全く何もできていない。T/Cの準備や、レンタルするにせよ、買うにせよ、スーツケースの手配やその他もろもろ、年末で当然、営業日(時間)も限られてこようときに何も! していない。

特に出発日、1月2日分の成田(羽田)までの航空券手配は大いに焦った。正月ゆえ満席状態。近ツーがキャンセル待ちを抑えてくれていなかったら、スーツケースを抱えてどうやって東京へ行くことになったやら・・・。

先日の県ろう連の激励会とはまた別に、綾城さんが宴席を設けての激励会を企画してくれることになったり、それから新聞社からの取材申し込みもあったり、と、悠長に沖縄に来ている場合じゃないと思った。まさに関係各方面への手配、確認を、沖縄から必死に妻にメールした。

一息
一息入れて・・・

あと、これは持参したノートパソコンでまさに沖縄滞在中に打っているのだが、できればこのノートパソコンも買い換えたかった。もっぱら移動時用で、久しぶりに開いたら、「最近使ったファイル」が、今年2月の別大マラソン完走記(東京研修中)と、一年半前のヴァンクーバー旅行記と、ともに旅行中に使って以来のものであった。今度のメルボルンへも持参して、できればブログ更新をしてみたいと考えているのだが、何分、7年前の代物で、スペック不足は否めない。前回ヴァンクーヴァーのときも苦労したし、どうなることやら。

携帯も海外対応ならメールできるときいたが、今からでは機種変更はもう間に合わないだろうな。何もかも準備不足だ。正月出発は避けてほしかった・・・。街の美しさが素晴らしいらしいメルボルンについて、ちゃんとそれなりに事前に調べていきたい。あと数日でどこまでできるか分からないけれど。


 

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