悠久の古都 美のタイムカプセル

500年の美が封じ込められた街

以下、歴史と街並みについてNHK世界遺産の解説を借りながら進めてみる。

13世紀、川に囲まれた断崖の上に城が築かれ、その後、周囲に街がつくられこの地方の中心都市として栄えた。

ラトラーン通り 家番号53
ラトラーン通り 家番号53
16世紀後半のスグラフィート装飾で上部に10人の時代人の肖像が描かれている

鮮やかに装飾された建物は500年前のもの。右の写真はラトラーン(Latrán)通りの家番号53。遠くから見ると立体的に見える外壁、実はこれ、「だまし絵」と呼ばれる壁面装飾。

間近に見ると「なんだ~」とちょっと肩すかしを食ったような、笑えるものだが、なかなかどうして、この街の象徴といえるように至るところで見られ、この街の欠かせない特徴として素晴らしい調和を見せている。

ラトラーンの渡り廊下
ラトラーンの渡り廊下

右はそのすぐ先、「ラトラーンの渡り廊下」と呼ばれる、城地区と住宅とをつなぐ、屋根付きの廊下。壁面上部にはロジェンベルク家ヴィレームと3番目の妻のそれぞれの紋章が描かれているが、アーチ型の門の縁も石造りのように見えて、やはり「だまし絵」。

漆喰の絵に絵を描くことは15~16世紀にイタリアやフランスで大流行したルネサンス様式の装飾だが、当時の姿をほぼ完全にとどめる街はきわめて珍しいという。まさに歴史の息遣いが感じられる街。


美のタイムカプセル

チェスキー・クルムロフ城第3中庭にあるルネサンスの壁画
チェスキー・クルムロフ城第3中庭にあるルネサンスの壁画(これもだまし絵)

「だまし絵」とヴィレームを切り口にチェスキー・クルムロフの歴史を学んでみよう。

16世紀、ロジェンベルク家最盛期の当主がヴィレーム・フォン・ロジェンベルク(1535─92)。ヴィレームは若い頃イタリアを訪れ、当時、最先端の文化に触れた。中世の抑圧を解放し、人間中心の文化を切り開いた芸術運動がイタリアで花開いたルネサンス。ヴィレームはルネサンスに強い衝撃を受けた。

チェスキー・クルムロフ城の中庭はヴィレームが描いたもの。壁面にルネサンスが理想とした古代ローマ、その神話世界が描かれている。

ヴィレームは本場イタリアから画家や職人を呼び寄せ自由と喜びに満ちた美で城を飾り、ロジェンベルク家繁栄の証として城を美しくすることに莫大な富を費やした。

ヴィレームの注いだ情熱は、街の市民達にとっても初めて見るルネサンスの華やかさで魅了したに違いない。

この頃、街の姿も一変する。市民は城に倣い、自分たちの家にもこぞって鮮やかな装飾を施した。今に残るルネサンスの街並みはヴィレーム時代の16世紀に造られたというわけだ。


ロジェンベルク家(Rožmberk)
への敬意の証
建物にもバラの紋章

また街にはバラの紋章が溢れた。

市民達は街を豊かに美しく変貌させたヴィレームに対し、尊敬の念を込めたのだ。

チェスキー・クルムロフの美しさ、その背景には富を美につぎ込んだ一人の貴族と彼を慕う市民達の存在があった。



 

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