プラハ~チェスキー・クルムロフ間移動

予定通りにはゆかない交通事情

ちょうど僕らが旅行を終えて帰国した後で見たのだけれど、以下のような質問があった。

プラハ⇒チェスキークルムロフのバスチケットの買い方について - 教えて!goo

よっぽど回答してあげようかと思ったのだけれど、チケットの買い方そのものは簡単でも、「旅の最終日に日帰りでクルムロフ観光」はかなりリスキーというか、やめた方が賢明。

僕がこの旅行記に記し置いているように、旅の「移動」はすんなりとはゆかないことが度々。バンクーバーからの帰国便に乗り込めず、スイスでも2時間遅れ、世界で最もすぐれた交通システムのスイスでも国鉄便に遅れ・・・等々。もちろん、ハプニングやアクシデント、それが旅の楽しさでもあるのだけれど、僕らの場合も、プラハ~チェスキー・クルムロフ間は行きも帰りも万全の準備で乗り込んだまでは良かったものの、いずれも予定通りには着かなかった。

現地入りして最初に見る光景はいつも感動的
現地入りして最初に見る光景はいつも感動的

行きのクルムロフ行きは席指定なので切符さえ最初に手配しておけば乗車は直前でもOK。後は余裕・・・のはずだったが、バス車体の具合がどうも悪いようで、途中、運転手が車を停めて数十分の修理。特に説明もなく、暑い日にエアコンも効かず、「一体、何が起きているのか?」ということが分からずに乗客は皆、ジリジリとした焦燥感に駆られた。現地語(チェコ語)が分からない異国でなら聴者も同じだろうけれど、これは普段、日本にいてもきこえない僕が日常的に感じていること。

ちなみにバスは観光客のためだけの貸切では決してなく、地元の人らの日常の「足」である通常路線なので、途中、地元客らが乗り込んでくる。立ち乗りにさせてしまうのが申し訳ない。交通の要所チェスケー・ブディェヨヴィツェ(České Budějovice)を経由しての、行きに限ってはクルムロフまでの直通便。

結果的に国鉄も利用

車窓からの景色
車窓からの景色・・・はごく普通

帰りとなるプラハ行きは朝の便で。これもクルムロフの──フローレンツに比べればうんと小さい──バスターミナルからの発車。ここでも前日に町のインフォメーション(ここでホテルの紹介やコンサート・チケットその他を斡旋している)で乗車券を購入しておいた。

ただ帰りはブディェヨヴィツェ乗り換えで、そこまでの席指定はないので、雨の中、発車停留所に並んで席を確保。悠長に待合いで待っていると、ここでもあっという間に超満員。基本的には乗車時に車掌から乗車券を購入する方法で、おまけにみんなたいていスーツケースやらバックパッカーの若者やらで荷物も多く、雨の中、一人一人の手間がかかってこれだけで9時50分の出発が30分以上遅くなった。

上:バスチケット
下:国鉄チケット

発車しても悪い予感は当たった。というのも、クルムロフ入りした日に各方面から入り込んでくる車の多いことを目にしていたから。世界遺産都市、世界で最も美しい街というように、何しろ小さな街でいて非常に有名な観光地。GWの湯布院のように森の中の山道には車がずらりと連なる。

クルムロフの一駅先まで進むのに大渋滞で、途中から乗り込んでくる市民にとっては雨の中1時間近く待たされた挙げ句に既に車内は超満員で、と地元住民に大顰蹙。結局、この便はプラハ行きのために乗り換える必要のあったブディェヨヴィツェ止まり(通常なら30~40分)まででさえ2時間近く要してしまった。当然、予定していた11時の乗り換え便には間に合わず。

バドワイザー発祥の地

チェスケー・ブディェヨヴィツェ(České Budějovice)
チェスケー・ブディェヨヴィツェ駅
(České Budějovice nádraží)

ブディェヨヴィツェ~プラハへの乗車券は便・席指定で既に購入しているのに「どうしてくれるんだよ」と、どうにもならないことは分かっていたものの、ターミナルの窓口で言うだけはいってみる。

ブディェヨヴィツェは交通の要所で、ターミナルもショッピングセンターを併設している立派なもの。時刻表も電光掲示されていて分かりやすかったのだけれど、次のプラハ行きまでは2時間近くある。若いバイトみたいな女の子と押し問答を繰り返すと、乗車券を次のプラハ行きの便に振り替えてくれるとはいってくれた。

それでも2時間近く待つつもりはないし、それくらいなら国鉄の便の方が先に出ることも分かっていたから「払い戻してくれないか」と要求してみる。まだ十代とおぼしき彼女も一生懸命、対応し誠意を見せてくれた。

チェスケー・ブディェヨヴィツェ(České Budějovice)
醸造業で名高いチェスケー・ブディェヨヴィツェ
町名を冠したのがドイツ語名のBudweiser
その英語読みがバドワイザー
チェコ語としてはBudvar

耳のきこえない僕がどう交渉しているのかというと、もちろんチェコではチェコ語が公用語ながら、英語での筆談(をまずはお願いしてみる)。とはいっても地理的歴史的経緯からしてもチェコは第一にはドイツ語圏である(言語の歴史も紆余曲折のあったのは勉強しておいた「チェコの歴史」参照)。

「ドイツ語は分かるが、英語は分からない」といったケースが割と多く、チェスキー・クルムロフの宿の一人もそうだった。それでもヨーロッパに共通する事情だろう、比較的、若い層は英語も学んでいるから何とか通用する。とはいえ相手も普段、英語は使わないのだろう、懸命にメモしてくれるスペルが結構、間違ってくるのがお互い、必死な中にも面白かった。結局、「うーん、私の一存では決めかねます・・・」みたいな感じで時間が迫っていたから見切って国鉄へ。

ターミナルから5分離れたチェコ国鉄のブディェヨヴィツェ駅がまたすぐには分からず焦ったのだけれど、何とか急いで地下をくぐり抜けて駅に走り着いた。バスではできない昼食とビールのとれるのが鉄道の旅のいいところで、今度は日本のブルートレインみたいに通路面と客席面が分かれている構造の、4~5人掛けの席×向かい合わせの空間を独占し、プラハまでは寛いで移動することができた。

Odjezd 発車時刻
Odjezd 発車時刻
11:54発プラハ行き(次は2時間後の13:54)

それなら最初から鉄道にすればいいじゃないか・・・というわけにもゆかず、鉄道の方が便数が少なく、時間のかかることが一般的。かつ、だいぶ汚い。車窓からの景色はやや殺風景で、バス(公道)の方がだいぶいい。社会主義から資本主義へと激動の歴史をくぐり抜けてきたチェコはまだまだ社会資本の整備も観光業の振興も不十分なところがある、その一つの表れを鉄道に乗って少し感じた次第。逆にいえば、最近、観光業の充実が進んで世界中から注目されてきているところもあるから、近年、チェスキー・クルムロフが修復されたように、今後は急ピッチで整備されてゆくのではないかと思う。

ちょっと先にクルムロフ行きの往復便事情について触れたけれど、これでようやく、クルムロフの項に進めそうだ。チェスキー・クルムロフを語らずして今回の旅行記を終えるわけにはゆかない。プラハにはまた戻ってくるとして、次回以降は、時間の止まった空間、「世界で最も美しい街」の核心へ。




 

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