SILENTSHEEP*NET > 旅行記 > 世界遺産とビールの国、チェコ > 音楽と人生と聾者
音楽と人生と聾者
THE BEST OF CZECH CLASSICS
チェコにゆかりあるモーツァルト、そしてスメタナ、ドヴォジャークと、チェコの生んだ国民的作曲家2人について説明してみた。
最終日のプラハ空港で、コンビニ的な食品店という意外な場所にTHE BEST OF CZECH CLASSICS というCD(3枚セット)があったから買ってみた。1つは姪へのお土産として、もう一つは我が家用に。
スメタナの「わが祖国」とドヴォジャークの「スラブ舞曲」、「交響曲第9番」。いずれも演奏はチェコ・フィルハーモニー管弦楽団。
これを見ると、なるほどドヴォジャークの Symphony No.9 'From New World'の2番目(第2楽章)が Largo となっていて、これが名高き「遠き山に・・・」なんだね。
聴くのはもちろん僕でなく妻。これ以外にもスメタナやドヴォジャークが映画やらCMやらドラマやら・・・で使われていることをあらためて気付いたという。実は妻も子どもの頃から長いことピアノをやっていて音楽好き(・・・ゆえに、のだめファン)。ただでさえ狭いアパートの部屋に電子ピアノを置いて時々、弾いている。
音楽と人生と聾者
ピアノ好きがよく音楽を共有できない相手と結婚してくれたものだとも思うが、それはさておき、最初に書いたとおり、きこえない僕が音楽について書くのも見当違いだし説得力もない。
チェコは音楽好き国民で、プラハはモーツァルトをどこよりも愛した地。随所でドヴォジャークのメロディーが流れている・・・。そんなところに、きこえない人間が行くのは猫に小判、豚に真珠、羊にピアノ・・・。価値も半減だ。
でも、それをいうと生きていること自体がそうで、音楽のない人生は半分以下の価値になってしまうのかな。普通の人(きこえる人間)にとって「音楽のない人生は考えられない」ように、音楽が人にもたらす力というのは、他のどんな芸術よりも大きいはず。
音楽が人にもたらすもの──。それは豊かな感情であり、癒しであり、幸せであり・・・。厳密な意味で音楽は生きてゆくのに必須の条件ではないけれど、どんな権力者も奪えない人間の根源的な欲求だろう。
チェコでは、音楽は民族を励まし、民族の自覚を促し、心を一つにする役割を担っていた
(「フェイエトン」訳者あとがき)
チェコの聾者の思いはどうなんだろう?
あらためて、聴力というのは、音楽とか人との会話とか直接的なものにとどまるのではなく、人が生きていくことの根っこにつながっている。奪われれば、スメタナでなくても発狂死することは不思議でない。
(向こうに見えるのはプラハ城)
なぜに、同じ世の中に生を受けていて、音楽(に限ったことでない、目の前で交わされる会話さえ)をきこえない聾者(や、障害のある人間)という存在がいるのだろうか。今更ながらであるが、そういうことを考えないでもなかった。
まあでも、それが人生であり、旅であり。次に進もう。
2007-09-08










『生きていること自体がそうで、音楽のない人生は半分以下の価値になってしまうのかな。』
そんなことはないと思うのです。
そんなふうに考えないでほしいのです。
音楽はきこえなくても、存在自体が音楽のような人はいますよ。本人が音楽なのです。うまく言えませんが。
その人の持つリズムとか、周りに与える音楽的雰囲気・・。
価値?悲しいこと言わないでください。ね。