続々・ツアーメンバーの人たち

世界の走りバカ

乗り換えのために降りたバンクーバー空港で、成田行きの便を待つ。

いよいよあとは日本に帰るだけだ。出発時、成田空港に集まったときの緊張感とは違い、皆、なすべきことは成し遂げたという達成感と安堵感とに包まれている。

短い滞在で、そもそもツアーメンバー同士に絆の生まれることなど期待もしていなかったけれど、それでも一期一会と言おうか、袖振り合うも多生の縁である。ただ偶然に一緒になった人たちとも、あとはもう別れるだけだと思うと、少しせつなくなるのが不思議だ。それはきっと誰の心にも共通していたはずで、皆、緊張が解けたせいもあり一気に心の距離が縮まり、僕にも話しかけてくれるようになった。

バンクーバー空港は巨大でいて、とても美しい。空港という気がしない。巨大なショッピング・モールといった感じで、ガラス張りの明るく開放的なこの空間の中にいると心も軽くなる。ツアーメンバーを包む雰囲気も和気あいあいとしていて、皆がやさしい表情を示していた。免税店でお土産をゆっくりと選んだ後もなおたっぷり残る待ち時間の中で、僕もクラムチャウダーをすすりながら、この旅のことを思い返す。

話は前後するのだが――

ボストンマラソンのシンボル、ユニコーン
ボストンマラソンのシンボル
ユニコーン

ボストン空港は、前日のレースを終えた参加者でごった返していた。ボストン・マラソンのシンボルマークであるユニコーン(一角獣)のロゴのついた帽子、ジャケット、ロングスリーブシャツ、そしてジョギングシューズの大集合。人々はそれぞれアメリカ国内の各地に、そして、カナダ、日本、韓国・・・と、それぞれの故郷へと帰ってゆく。

同室になったAさんいわく、

「世界の走りバカが帰っていく!」

そのとおり、「走りバカ」達のひしめく、異様で笑える光景。

そして、僕たちは「ジャパニーズ・走りバ!」。

雪が溶けるように

長いフライトの機内では、耳の聞こえない僕とでも、隣になってしまった方は話すしかない。この制限された状況というのが僕たちにはラッキーなことである。バンクーバーまでをかわいい兄妹と素敵な時間を過ごせた後、次の成田までの間に話をすることができたのは、千葉から参加されたMさん。

ツアーメンバー中、僕に次ぐタイムでエントリーし、そしてレースでは40km過ぎに僕を追い抜いて行かれた方。かなり走りこまれている、このMさんとじっくり話のできたことが嬉しかった。

人間、見た目で判断してはいけない──この当たり前のことを、今回のツアーでは身にしみて感じさせられた。特に、僕たち聞こえない人間は、聴覚障害という身体機能ゆえに人を見た目で判断してしまいやすい(ある意味では、どうしても判断せざるを得ない)。本来ならば他者とコミュニケーションをはかるなかで、お互いの人間性を確かめてゆくところが、聴覚障害者はそれができにくい。そのために人間関係を築くのにも苦労するし、お互いに生じる誤解も多い。偏ったわずかな情報や主観で人を判断してしまいやすい。

Mさんには、レースのスタート前に「どのくらいで走れそうか?」といった感じでタイムのことをきかれ、また、レース後にも再びタイムのことを問われた。確かにタイムのことが一番とっかかりやすい話になるとはいえ、それだけしかきかれないというのはあまり面白いものではない。ボストンまでやってきてタイムに執拗にこだわるような、いい年をして少し大人気ない人だな、というふうに思っていた。

でも、話してみると全く違った。気さくな方だった。

まず、53歳という年齢に驚いた。40歳代にしか見えない。自分が53歳の人に負けたことを悔しいと感じる以上に、その歳で今回、3時間を切るタイムをかち取られたということに強い尊敬の念を覚える。

タイムを気にするというのも、本人にしてみれば当然のことで、53歳といえば働き盛りで家庭や職場でも苦労の多い時期。そうした人が遊びや観光気分でボストンまで参加したのではない。それは考えてみれば僕だってそのつもりだったけれど、Mさんに最後に追い抜かれたのも、ボストンにやってきた気持ちの時点で、執念で既に負けていたのだろう。ともあれ、お互い、「可能な限り自分の限界に挑戦し、ベストをねらいたい」と思っているから、そういった人とは年齢の差など意識せずに、語り合うことができる。これまでどんなレースを経験してきたのか、今、どんな練習をしているのか?

話してみると分かること

普段なら、色んな人にききたいと思ってはいても物理的(肉体的)に会話できない──話が続かない、込み入った話ができない──僕が、動くこともできない、他に何かすることもない機内の状況に助けられて、筆談で存分に話を聞き出すことができた。この上ない幸せを感じた。

きいてみると、マラソンの自己ベストは僕より6分もよい(昨年当時)。しかもそれが44歳の時に別大で出したものだという。今でも、若い人たちにまじって練習メニューをこなし、記録を追い続けている。

お互いの今後のそれぞれの計画を知るのも楽しい。Mさんは夏場は走らず、山登りに精を出すらしい。「日本百名山」の登攀も残すところ8つだ、ということもきかせてくれた。Mさん自身は「ゆっくり長く走り続けることが大事」と語られた一方で、けれども、レースには真剣勝負で臨む姿勢、「年だからもう、楽しんで走るだけだ」とか、「無理をしない」とかいう逃げの思考でないのがまた、いい。

「最近、5000mでなかなか17分が切れない」というMさんと話をしていると(僕だって簡単に17分は切れない)、まだまだ僕もこれから自己ベストを伸ばしてゆけるはずだという勇気を与えられたし、強い意志で前に進むMさんを見習いたいと思った。


ボストンスナップ
ボストンスナップ

Mさんは実は、このツアーに2年続けての参加だったことも知る。この気持ちもまた、今、こうして1年を過ぎた自分にはよく分かる。初めての出場で満足な結果を出せなかった雪辱の思いは共通するのだろう。僕もこの一年ずっと心のどこかにボストンに残してきた借りを感じていたから、今年、結局、行けなかったのが本当につらい。それに、何より、春のボストンのあの古都の町並みは何度でも訪ねてみたいと思う。

「湯沸し器を持っていかなかった」失敗はMさんも一年前に同じだったらしく、今回はしっかり携行していき、「お茶も飲めたし、ラーメンも赤飯も食べた」のだという。そうして昨年より20分以上タイムを短縮することに成功できたのだという実例をじかにきくと、「ボストン・マラソンの勝負の分かれ目は、“心臓破りの丘”じゃなくて、やっぱり湯沸し器の有無だよね」なんてAさんと、強くうなずきあったものだ。


 

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