バンクーバーまでを共にしたかわいい兄妹のこと

帰国フライト〜エアーカナダ

ニューヨーク行きのグループと別れた帰国組のバスは、やがてボストン空港に到着する。あとはもう、日本に帰るだけの僕らは短い旅の全てが終わったという安堵感だけに包まれている。期待に胸を膨らませて乗り込んだ往路とは違い、何も余計なことは考えていない。

バンクーバー行きの小型機に乗り込んで、僕は意外なことに気付く。空港では、同室のAさんと同時に──つまり、2人の席が並ぶように──手続きしたつもりだったのだが、いざ乗ってみると、Aさんはおろか、ツアーメンバーらともかなり離れた座席に僕だけが座ることになった。

完走メダルとランニング・ウェア
完走メダルとランニング・ウェア

でも僕にとっては、それも悪くないことだと思える。ツアーメンバーの誰にせよ、きこえぬ僕に気を遣わせることになるよりかは、全く知らぬ人と隣に座る方が気は楽でいい。席が離れていれば、僕の方も変に気を遣う必要なく、のんびり寝ているか、本でも読んでいられる。

主体性ということ

少し嬉しくさえ思ったのは、もうひとつ理由がある。往々にして人は、「きこえない」者を相手にすると、親切心から全てを肩代わりしてしまいがちだ。けれどもそれは、きこえない者の主体性を奪ってしまうことにもなる。手話通訳者や要約筆記者ならば必ず学ぶことになるのだが、そうではなく、きこえない僕たちは、必要な情報は届けてもらいたいけれど、本来、自分の意思ですべき判断や選択の権利までは奪われたくない。

ご存知のとおり、長いフライトでは食事や飲み物などの色んなサービス提供に、客室乗務員が頻繁にやってくる。「飲み物は何がいいか? ビールかコーヒーか、お茶かトマトジュースか、ミルクか?」 そんな程度のことだって、自分で判断して自分の意思をダイレクトに伝えたい。こうしたとき、行きの便がそうだったのだが、僕について「きこえない」ことだけが分かっているので、隣の人はつい、僕の分まで代弁してしまう。

しかし、「きこえない」からと何もかもを代行されたくはない。「グレープフルーツジュースはあるのか?」とだってききたい。客室乗務員なら当然、障害者への対応は身につけているはずだし、僕だって、そのきれいなブロンズヘアーのスッチーと微笑みを交し合いたいのだよ。でも、初めて知り合って、親切に気を遣ってくれているつもりのメンバーにそんなことまで要求できない(逆にこうしたことまで気配りのできる人に出会うと驚かされる)。

とにかく、一人で座っているかぎりは、そんな心配もせずに済むということだ。

意外な展開

3人がけのシートの窓際に座り、出発を待つ。ほとんどの人々が各々の席に腰を下ろし、出発が間近にせまろうとしている中、僕の隣の2つの席だけは依然、誰もやってこない。「空席ならばなおいい」、そう思っているとスチュワーデスがやってきて「あなたがここの席なのか?」と(いうようなことを)きいてくる。

今度はメンバーに代弁されることもないから、と、

「僕はきこえないから、何か用があれば、ここに書いてほしい」

と事前に用意しておいたメモを渡す(これこそが僕のしたかったことだ)。

すると、「そう。なるほど」といった表情で、

「とりあえず今、説明はしないけれど、席を代わってくれない?」

と(いうような)ジェスチャーで通路側のシートを指差す。このあたり、日本のスチュワーデスのような腰の低さと丁寧過ぎるほどの笑顔は微塵もなく、気の強いアメリカの女性らしく相手に有無を言わせない威圧感をもって命令をくだす。

何だかよく訳の分からないまま席を移ると、そのスチュワーデスは次に、小さな男の子と女の子の兄妹を連れてきて、さっきまで僕が座っていた窓際の席の方へと通す。僕もようやく事情が飲み込めて、「なるほど、それなら一向にOK!」と(いうような)表情を示すと、「サンキュー!」と気の強そうなスチュワーデスも笑顔になってくれた。

「そうなんだ、これなんだ」。たとえ言葉を交わさずとも、こうしたダイレクト・コミュニケーションが嬉しいんだ。

二人旅らしい幼い兄妹

隣に座ったのが同室のAさんでもツアーメンバーでもなく、また、どこかの国の見知らぬ相手でもない、かわいい子ども達とは予想外の意外な展開になってしまった。かえって何だか、こそばゆい気にさせられる。けれども、まあ、少しの時間だろう。そう思って昨日のレース結果の特集が掲載された“ボストン・ヘラルド”や“ボストン・グローブ”を広げて目を通す。

2人の子ども達は、お兄ちゃんが窓際に座り、妹が真ん中の席、つまり、僕の左隣に座った。お兄ちゃんが小学校低学年、妹が就学前後というくらいの年だろうか? そんな小さな子であるが、雰囲気から察するに、どうやら親と一緒でないみたいだ。スチュワーデスがしきりにやってきて、ミニチュアの飛行機や絵ハガキをプレゼントしたり、また、お菓子を与えたり、と気遣う。

ボストン・スナップ
ボストン・スナップ

女の子はそばかすと赤毛のかわいい子で、特段、何かをするでもなく、所在無げにきょろきょろとして落ち着かない。メガネをかけたお兄ちゃんは、整った顔の美少年だけれど、ゲームボーイに夢中になったり、それに飽きるとノートにイラストを描き始めたり、と、ひたすら自分の世界に没頭している。兄妹2人で飛行機の旅をするには、あんまり頼りない感じのお兄ちゃんのようにみえる。

子どもの常として、やがて妹の方はシートに座ったまま動けない空間に耐えられなくなってゆく。周囲に何か面白いことがないかと探そうとして、唯一、未知の物体である僕を、あたかも動くおもちゃであってほしいと期待するかのように、好奇心あふれる目でじっとみつめるようになった。

熱い視線を注がれて無視するわけにもいかない僕は、最初のうちは適度に微笑んでごまかしていた。これが女子高生なら「気味悪いわね、このおっさん」と、殺人的な敵意のまなざしでもって返されるところだが、まだすれていないこの子はとても素直に、僕が笑顔をみせると一層喜んでくれる。段々、図に乗る僕は、ちいさな赤ん坊をあやすように、必死で面白い顔をつくってみせたりした(・・・不気味だ)。それ以上のことができない僕は、馬鹿みたいにしばらくはそんなことを繰り返した。

こんなときもまた、つらいものだ。とびきりきれいな女の子と2人きりで同席になっても話を切り出せないのと同じように、このかわいい女の子のちょっとの話相手になってやることさえもできないなんて。


 

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