ツアーメンバーの人たち

交流が目的ではなかったが・・・

旅は、終わりに向かうにつれて次第に面白くなってゆく。

期待に胸を膨らませてレースに臨んだのに、結果は悲惨なものと終わってしまった。今回の渡米は、レースに出ることが一番の目的だった。ボストンに乗り込んで心が昂ぶってしまい、観光気分にうかれてしまった自分に、「観光ついでに走るんじゃなくて、今回はまずレースありき。走るためにやってきたんだから」と自制しようとしたほど、レース以外のことには心をとらわれないように努めた。そうまでした意欲も報われない形となってしまった。

前回のギャローデッド大・ロチェスターツアーのように、ろう者の集まりの旅ならば、訪問目的と同じくらいに、あるいはそれ以上に初めて会う仲間との出会いや交流が大きな楽しみである。でも、今回の僕は聴者ツアーの中に嘆願して加わった身の上。憧れのレースを満足させるためにも「団体行動には迷惑をかけない」ことだけを考えた。

他のツアーメンバーの方たちと積極的なコミュニケーションをはかることや交流することは特に期待していなかった。時間的にもそうした余裕はない。スケジュールとしては、レース前の2日間がフリー日程なのだけれども、レースの翌朝すぐにボストンをあとにして、日本に戻ることになっている。僕にとって、このツアーはあくまでもレース出場にあたって一時的に身を置く場所、手段としてとらえていた。

それでも、意外なことに、この旅はレースが終わってからの短い時間に予想外の収穫を得ることができるものとなった。

ツアーメンバーの年齢層

今回のメンバーのほとんどが40〜60代の方々である。これは最初分かったときに意外だったのだが、でも、よく考えてみれば年度始めでもある4月の平日に一週間の休みがとれる人もそういない。ボストン・マラソン自体は、日本からも何人か実業団選手が招待されている、世界的にも注目されるレースである。けれども、20代、30代のシリアス・ランナーが一般参加として記録をねらってゆくには、体調を崩す長いフライトや環境の全く違うことなど、悪条件が多すぎる。

ボストンスナップ
ボストンスナップ

僕自身は「ボストン・マラソン」というブランドと、村上春樹氏のエッセイへの薫陶から参加したものだ。けれども、このツアーの顧客層というのは、一般的には、時間とお金に余裕があり、これまでは仕事に打ち込んできたけれど、第二の人生を楽しもうとする人たち、また、健康にも効果的な趣味の延長として、走り続けてきたような人であるように僕には感じられた。いわゆるシニア層で、今、旅行業界がターゲットにしているのも、元気でお金をもっているこの層だ。

そうはいえ、歳が離れているから話が合わないと避けるわけではなく、むしろ、僕はこうした世代の異なる人とも、一緒に飲み、話をしたい気持ちは強い。特に走るという趣味を同じくする意味で、走り始めたきっかけから、過去の記録、トレーニング方法に至るまで、あるいは、マラソンを走るような人間には共通しているのだが──

一般の人から見れば、ただ走るだけで面白くもない苦しみの行為に何の価値や喜びがあるのか到底理解できないとよくいわれるが──、だからこそ、それだけに生きることのスタイルを確かに持っている。走るということを自分の人生の中でどのように位置付けているのか、その人生観・哲学について、盃を傾けながらじっくりと話し込んでみたい。

聴者に囲まれて感じること

けれども、やはり、どこまでいってもコミュニケーションの壁があるから、数時間、数日間では腹を割った満足できる会話などできないだろうという、一種のあきらめが先に自分の行動に予防線を張る。

僕たちが大勢の聴者に囲まれて時間を過ごす時、常に感じている不安もそうだ。予想通りに失望感を抱いて帰ることになるくらいなら、最初からできればそんな場所は避けて通りたい。好んで針のむしろに座ろうとしなくとも、別に自分に居心地のいい時間と環境を求めた方がいい。それと同じだ。

レースを終えた夜、ツアーメンバー全員による夕食会(打上げ)が開催されたのだが、僕としてはこの打上げも積極的に出たいと思えるものではなかった。これはきこえない人間に共通する思いで、周囲が楽しく盛り上がる場であればあるほど、一層、孤立感を味わわされてしまうからだ。シニア層の方々の、年齢も近いメンバー同士は、ツアー中、自然と打ち解け親しくなっていたようだし、最初から夫婦や数人の友人同士で参加している人がほとんどであった。なおさら僕の存在感は薄い。

スターバックスコーヒーとやかん
スターバックスコーヒーとやかん

そもそもメンバーでチームを組むわけではないのだから、存在感など問われることもない。全く知らないメンバーと、ただ、個人的目的だけのために旅するこうしたツアーというのは初めてだった。この状況は、定期観光バスに乗り合わせた同行の人たちに例えられるだろうか。一緒に行動することが目的なのではなくて、輸送客体として必要な最少人数を満たしているに過ぎない。ツアーの中のメンバーに個性が問われることはない、代わりが誰であっても大きな差はない。ましてや「きこえない」という「目に見えない」障害は、他の人も知る術がない。

そこに人がいれば

もちろん、ツアー中、幾度も話しかけられることはあった。居ても居なくても同じではあっても、同じ空間と同じ時間を共有するなら、誰だって多少の世間話はするのが自然な行動だ。半ば義務であり、礼儀でもあるといって過言ではない。

僕たちは毎日の生活の中でも、見ず知らずの人から声をかけられ、どこかに出かければ、新しい人と出会う可能性を有して日々を生きている。

「今日はいい天気ですね」という当り障りの無い会話から始まって、「どこからやって来られましたか?」という小さなことから相手を知るコミュニケーションが発展してゆく。

けれども、こうしたときでも「僕は耳がきこえなくて・・・」と、会話ができない自分を説明しないといけない。せっかく相手が好意で話しかけてくれてきたその会話のチャンスを失ってしまっている。親しくなれるかもしれない、未知の世界が開かれてゆく新しい可能性を生むきっかけの糸が自分に向かって伸びてきているのに、自分でぷつんと切らざるを得ない。

趣味を同じくする人たち、同好の士であればなおさらそうだ。公園をジョギングしていて、あるいはレース会場で、これまで何度話しかけられたことだろう。いつもの練習場所で顔なじみになる、あるいは、レースで競い合った人とゴール後、互いの健闘をたたえ合い、次に会った時には一段と親交が深まっている。そうして人とのつながりができてゆく。ゴール後、握手の手が差し延べられてきて、お互いに苦しさを乗り越えたレースを振り返りたい、経験を分かち合おうとする時でさえ、ろう者は、聴者にはなんでもないはずの「会話」ができない。

話しかけられてこうだから、こちらから話しかけることはまずない。きこえないことのつらさは、こうして、目の前に広がる可能性やチャンスに自分の思いのままに飛び込んでいけないことだ。

至近距離でもコミュニケーションできない

親しい人とだってそうだ。これも、車の中で聴者とずっと一緒になる時間の居心地の悪さと似ていようか。仕事の出張でよくあるケースに、2人が出かけるということがある。車の中という特殊な小さな空間で2人がいるときは、話をするしかない(だから若者や恋人は車が好きだ)。周囲が多くなればなるほど疎外感を感じる他の別の状況とは逆に、車の中では、2人だけでいる方が、なんとも居心地悪い。30cmと離れていない距離に人がいて、他に話す相手は他にいないのに、話ができないのだ。このとき、特に自分が助手席に乗る場合は神経を使う。

ボストンスナップ
ボストンスナップ

相手はこちらを向いて大きな声で話すわけにもいかない、手話をすることもできない、ましてやハンドルを握ったまま筆談もできない(僕自身はよくやるが)。こちらが一方的に話すわけにもいかない。僕はこうしたどうしようもないとき、相手がイエスかノーかで答えることになるような、分かりやすい問いかけを苦心してつくる。

自分が話ができないのは、今さら始まったことではないから慣れているけれど、自分といることが相手にもすまないような引け目を感じてしまう。こうした状況の、所在無さというか、申し訳なさというか、気まずさといったらない。

こんなふうに、誰だって初対面の人と話をするなら、世間話から入るものだ。当り障りのない話題から徐々に相手の人間性を探り、共通点を探して話を深めてゆく。ツアーのメンバー同士は、走るという趣味が共通するのだから、話もしやすい。「どのくらいの走力で、どんな大会に出ているのか?」ボストンまで来るようなメンバーだから、国内の有名な大会にもよく出かけていることだろう。「あの大会には私も出ましたよ。景色のいいコースですよね」といった具合に。相手が話し言葉に代わるコミュニケーション手段さえ利用してくれるならば、僕もいくらでも話ができる。そして、話がしたい。

でも、海外という特殊な場所にいて、わずか数日間の滞在中、きこえない人間と積極的に交わろうという人はいない。好んで、話の通じない人間を相手にしようとは思わない。たまたまツアーの中に紛れ込んだ、きこえない人間を相手にするよりかは、誰だって、出会いのチャンスを失いたくない、親しくなれる可能性が大きい人の方を相手に選ぶ。それは当然のことだ。

レース前の緊張感も解けると

僕以外のメンバーは、レースが終わるまでには、それなりに親しくなっていったようだ。誰が何という名前で、どこからやって来ているのか、ひととおりの話もしていたろう。他のメンバーはレースを走るという目的に加えて、メンバー同士の交流をも楽しんでいるように僕には思えた。それが僕にはうらやましかったのだが、そうはいっても、僕がそうであったように、皆もやはり、レースを走り終えるまでの緊張感は大きなものであったろう。

年齢層の高い参加者らにとっては、余生を楽しむひとつの選択肢くらいに僕は勝手に想像していたのだが、それは失礼な見方だった。誰だって、この名誉な大会にやってきたからには自分のベストの走りをしたい。誰もが覚悟を決めてやって来て、心に期するものを持っていたはずだ。そもそも、生半可な気持ちで42.195kmという距離は走れない。周りが知らぬメンバーであっても、負けられないという競争意識が芽生える人だっていたろう。海を越えてやって来て、臨もうとする世界最古のマラソン・レースを、いつもと変わらぬ気持ちで、平常心で迎えられる人はいないはずだ。

そんな緊張感も、42.195kmを走り終えてしまえば吹っ飛んでしまう。緊張の度合いが大きければ大きいほど、終えたときの安堵感や喜びも大きい。レースを終えてから面白くなってゆくと最初にいったのは、皆、この緊張が解けたことで、それまでは話をしていても落ち着かなかったのに、走り終えた後はもう、何も気にする必要がなくなった安堵感から、一気に打ち解けていったせいである。

満足できる結果を得られた者も、そうでない者も、レース後に残るのは不必要な緊張から解き放たれた充実感と心地よい疲労感があるだけだ。一仕事を終えると、余裕が生まれてくる。やさしい表情になってゆく。


 

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