ボストン・マラソンの応援について

2001.9.11 NYのテロ事件

世界を震撼させたニューヨークの同時多発テロ事件から半月、今まだ余波はおさまらず、今後の軍事行動、世界景気への影響等多方面にわたり予断を許さない状況が続いている。この有事に失礼ながら僕は、秋のニューヨーク・シティマラソンが果たして例年どおり開催されるのだろうか? ということを真っ先に思ってしまったのだが、それはともかく、この事件を契機に今、アメリカの愛国心がものすごく高揚してきている。ブッシュ大統領の支持率が歴代最高の90%を超え、街中に星条旗があふれ、なお注文に生産が追いつかない状態だという。

僕が自然に目を引かれたのは、事件後、最初に実行犯の特定を報道したのがボストン・ヘラルドであったり、追悼集会がボストンで開かれた、とかいった新聞記事でもあった。以前に述べたが、ボストンは建国にゆかりの地域であり、さらに、ボストン・マラソンはアメリカ独立に由来するレースで、マサチューセッツ州の祝日である愛国記念日に開催される。ボストンを訪れたのがちょうどその時期であったからでもあろうが、滞在中にも、アメリカという国民の愛国意識が非情に高いことを肌で感じさせられていた。公共施設はもちろんのこと、街中のいたるところに必ず星条旗が掲げられている。

アメリカ最古の公園 ボストン・コモン
アメリカ最古の公園 ボストン・コモン

ボストン・マラソンもこの、国を愛する気持ちの延長線上にあり、このレースが市民に極めて愛されていること、大切にされていること、街全体で盛り上げようとしている雰囲気がよく伝わってきた。

レースを走り終えて感じたこと、そして今度のテロ事件に対するアメリカの姿をみて思う。アメリカという国は応分の負担、それなりの犠牲を覚悟して民主主義を死守し、国を愛そうとする姿が伝わってくる。それに対して、日本で何かひとつのことにこれほど人々の心が集まり、同じ方向を向くことがあるだろうか。

今の日本は、アメリカによってもたらされたはずの民主主義が皮肉にも、自己本位主義を助長してしまっているような気さえする。国家のこと、公共のことよりも自分のことだけが大事という視野の狭さも感じられるようにも思う。皆が何かひとつのことに熱狂することは珍しい。道を間違えた戦争のせいもあろうが、国旗・国歌に触れにくく、自然な感情で国民に受け入れられていない。2000年の歴史を有し、ほとんど単一民族の日本よりも、たかだか400年の歴史しか持たず、人種のるつぼといわれるほど多民族国家のアメリカで愛国心が高いのも不思議だ。

もちろん、単純にアメリカがいいと思うつもりはなく、自分はどこまでいっても"Japanese"なのであるが、とにかく、アメリカという国に身を置いてつくづく日本人である自分ということを考えさせられた。

沿道を埋め尽くす応援

本題の、ボストン・マラソンの応援のものすごさについて――。

とにかくアメリカ人の楽しみ方、盛り上がり方は半端ではない。走っている選手ももちろんだが、沿道を埋め尽くす、途切れることのない応援があたたかい。マラソンは誰の力も借りず一人で闘う競技だとはいっても、やはりそこは人間の弱さを沿道の声援がカバーしてくれる側面が非常に大きい。今回は参加者1万数千人に対して応援・ボランティアの数が150万人ということだった(山口県の人口に匹敵する数だ)。

日本ではこうはいかない。日本では例えば、高橋尚子が出るレースなら彼女だけには注目が集まるけれど、その他の一般選手にはあまり目が向けられない。地元で有名なレースがあっても、皆が沿道に出て熱狂的に応援するということもあまりない。沿道に立っても声を出すことが気恥ずかしいし、せいぜい小旗を振るくらいだ。

それがノーマルな日本人の考え、行動パターンであるからこそ、アメリカ人の熱狂的な、気のふれんばかりの、まさにエンシュージアスティックな応援には単純に嬉しいと思う以上に、どうしてあれほど等しく誰にも声援を送れるのか、その心の余裕、やさしさが不思議に思えてくる。とにかく、けた外れなパワーと懐の大きさを感じるばかりだった。

沿道を埋め尽くす、という表現ではうまく言い尽くせない。人だかりができる程度ではなくて、主なポイントでは、道の両側が斜面状にさえなってしまうほどだ。階段状に足場が組まれているのか、まるで野球場のスタンドのように選手達を見下ろせるようになっている。その顔、顔、顔・・・に見下ろされたすり鉢状のコースを、鳥肌の立つような雰囲気の中を走ることになった。

黄色い声援

途中、20km地点にあるウェルズリー女子大学がまた、“Heartbreak hill”に劣らぬ名物ポイントとなっている。女子学生の可憐な黄色い声援・・・、と思ったら大間違い。狂気にあふれた応援である。柵を押し倒さんばかりに身を乗り出してくる。髪を振り乱して叫ぶ。熱狂する。吠える。動物園でからかわれたゴリラが柵の中からわめいているような感じだ。異様な光景である。「キャー!」ではなく、「ウォー!!」というとどろき。何事かと思う。これまた別の意味で身体中に鳥肌が立ってしまう。

応援というより、罵倒しているといった方が適切だが、けれども選手(特に男子)達はここでは、俄然、張り切ってしまう。ここを通り過ぎる一瞬だけは世界一のロックンローラーになったような気にさせてくれる。両手をふりかざして全ての声援を自分に降り注ぐように指図することさえ許されるのだ。

雰囲気に吸い込まれてしまいそうな、引きずり込まれそうな、僕もいっそ女子学生の波の中に飛び込んでしまいたいような気のする区間であった。なんでも、ヒラリー・クリントンもここの出身だとのこと。

Japanese

現地の日本人や日本人観光客にも多くの声援をもらえた。今回、ウェア(ランニングシャツ&パンツ)は職場陸上部のユニフォームを持参した。アメリカにやって来てまでビジネスの延長だなんてつまらない奴だと言われそうだが、そうではなく、このウェア、蛍光イエローのこれ以上なく目立つという点で気に入っているのだ。

ボストンを駆ける
ボストンを駆ける

胸にある職場名はゼッケンで隠すつもりだったが、当日の朝、思い返して、見せたまま走ることにした。その方が日本人選手ということをはっきり分かってもらえるだろう。韓国からもツアーが組まれているようだったから、「どこかアジアの人みたいね」で通り過ぎたくはなかった。

実際、飛びぬけて目立つ色と日本語マークのお陰で、沿道のたくさんの日本人から熱のこもった応援をもらえた。当地に住む日本人や日本人観光客もやはり、日本人ランナーと分かるとひときわ大きな声援を送ってくれる。日の丸を振って喜んでくれる。そして、その応援が僕にも本当に嬉しい。国内のレースでは感じる事のない、あたたかさだ。同じ国民というのはこんなときに通じ合えるのだなと実感する。応援も選手も大勢の中で、一筋の確かな線がつながるように、日本人同士は見つめ合う。

この日ばかりは僕でさえも「世界の中の日本人選手」として、日の丸の小旗が振られる中を走り抜けることができる、オリンピックに出る一流選手のような快感、国際レースの醍醐味を味わわせてもらえた。異国の地で自分に対して日の丸が振られ、「がんば!」と大きな声をかけられると、愛国心なんて全くないつもりだったけれども、やっぱり胸にくるものがある。余裕のあるときは手を振って応えることもできるのだけれど、今回ばかりは足を前に出すのがやっとで、涙ながらに目で「ありがとう」と送り返すしかなかったのだけれど。

熱くドラマのある42.195

それから、大声援の中を走り抜けるのは、単に快感という以上に、人を敬虔にさえさせてくれる。自分が生かされている、走ることができるのは自分の力というより、一緒に走る選手達や応援者のお陰だと思えてくる。同じ時間を共有しているのだと思う。

人にもよるのだろうけれど、マラソンという長距離競技では、走っている最中に実に多くのことを、断片的ではあるけれど考えている。自発的に意識するというより、色んなことが頭に浮かんでは消える。走ることできっと脳が覚醒されるのだろう。眠っているときに見る夢のように、思いもよらない人物があらわれることもある。昔の友人だったり、今の仲間だったり。そういった今、ここにいない人たちにも応援してもらえるような、背中を押してもらえるようなことを感じることがある。

そういった色んな力をもらって完走できる。そうやって色んな条件を味方につけて、成功するレースというのは30kmを過ぎるあたりで、ようやく「これはうまく走れるんじゃないか」と思う。35kmで初めて「いける」という確信に変わる。

ちょうど今日(9/30)、高橋尚子がベルリン・マラソンで世界最高記録を出したのだけれど、やはり最後の5kmでは顔つきが変わった。気迫がこもってくるのだ。走っていて自分でも身体中に鳥肌が立つ、しびれてくる、身震いするのが分かる。

僕自身が思うに、本当に嬉しいのはゴールに到達する瞬間というよりも、この、走っていて全身を気迫が包み込む、足の裏から頭のてっぺんに地熱が伝わってくるような、熱いものがこみあげてくるのを確かに実感できる瞬間だ。僕はこの、日常生活で味わうことの出来ない瞬間に出会いたくて、こりずに繰り返し挑戦する。

失敗するレースは20kmから地獄を感じるが、本当に満足できるレースは最後の2.195kmに至福が用意されている。

古代ギリシャでアテネの戦勝を知らせるために駆けた距離に由来しているという、中途半端な、でもそこにドラマのある42.195km。

そして、コングラチュレーション。

完走証
完走証

 

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