アメリカの地

4年ぶりの海外

エアーカナダ機に乗り込んで、成田を離陸する。機内ではいつものように、緊急時の酸素マスクとライフベストの装着方法が説明されるのだが、2月に観た"キャスト・アウェイ"が思い出されてぞっとした。出発早々縁起でもない、と記憶を必死で振り払う。ちなみに、機内では"ミート・ザ・ペアレント"ともう一本、デ・ニーロの映画が二本続けて上映されたが、ブラック・ユーモアでも"キャスト・アウェイ"が放映されることはなかった――さすがに。

(*)"キャスト・アウェイ"=「漂流」の意味。

トム・ハンクスの主演した映画で、出張先で乗った飛行機が墜落し、無人島に漂着。脱出できぬまま5年を過ごす・・・

ボストンへはカナダ・トロント経由で向かう。

久しぶりの海外旅行は、今ひとつ移動という感覚がぴんとこない。乗り換えを待っていた薄暗いトロント空港で、ようやく日本を離れたのだ、という現実的な感覚がわきおこってくる。アメリカもカナダも4年ぶりだ。懐かしい地にやって来たような思いが、身体的感覚で、皮膚の上で感じられ、思い返されてくる。

国内なら、ほぼ毎週のようにどこかへ出かけていても、それだけに海外は、旅に出ることの喜びを余計に新鮮に感じさせてくれる。この興奮を味わうと、4年間、その機会を持たなかったことが今さらながら惜しくてたまらない。忙しさを言い訳にせず、意識して時間を作り出し、1年に1度は出かけるべきと自分に言い聞かせた。今、あらためて痛感するのだが、海外へ出かけることで得られる心身のリフレッシュは、日々の仕事や生活で機能している身体とは別の部分にダイレクトに働きかけてきて、感性を研ぎ澄ませてくれる。

日付変更線をこえる長いフライトを終えて、ようやく夜遅いボストンに到着する。旅の疲れを抱えてはいても、ホテルに向かうバスから見える道路標識や、夜のボストンの町並みに、一気に興奮がかきたてられる。そう、この風景、この景色、この空気。胸の内に眠っているアメリカン・スピリッツが刺激され、揺り起こされる。しばらくほこりをかぶっていたままの好奇心がむくむくと頭をもたげてきて、心が昂ぶり、叫びたくなる衝動に駆られる。

3度目のアメリカ

日本人はアメリカ好きな民族といわれるが、ご多分にもれず僕自身も大好きだ。 アナハイム、ワシントンD.C.に続いて、本土へは今度で3度目の訪問となる。

アナハイムはカリフォルニア州、ロサンゼルス郊外にある都市。ちょうどボストンが野茂の活躍するメジャーチーム"レッド・ソックス"で有名なように、ここも今、元オリックスの長谷川が所属する"エンジェルス"という大リーグ球団がある。当時は隻腕投手アボット選手の入団と活躍が話題になっていたといえば、野球好きの人は思い出してもらえるだろう。アナハイムとボストンと、それと選んだわけでもないが、日本人メジャーリーガーの活躍する地を訪れることになったのも、野球好きな僕には意外な偶然である。

ホームステイで訪れたアナハイムでは、その後の僕の生き方にとても大きな影響をもたらした。1ヶ月の短い滞在であったけれど、若いときゆえに、その地で暮らした生活習慣の中から、ものの考え方、行動の仕方というものが半ば衝撃的に身体全体に植え付けられ、染みこんでいった。今の僕の性格や感性や個性といったものは、多分にこのとき過ごした価値観に影響されていることが少なくない。

ワシントンD.C.へは、日本人ろう者で組むデフ・ツアーとしてギャローデット大学とNTIDの見学に訪れた。ただこのときは、団体行動がメインだったせいもあり、今ひとつ自分の身体の深くにまで残るという意味ではもの足りなかったように思う。

アメリカという国

ボストンも含め、これら3箇所の訪問先は、それぞれロスとニューヨークとにも近く、つまり、アメリカの二大都市を抱える西海岸と東海岸という両端の地になっている。

アメリカ本土は広いから、当然ながら、西海岸と東海岸とでは風土もその地に住む人たちの価値観も異なる。ちっぽけな日本でも沖縄と北海道がまるで違うように、お互いの評価の目も違っている(らしい)。この点はやはり、村上春樹のエッセイにも触れられていたが、京都と東京人のメンツの張り合いみたいなものもあるのだろうか。

アメリカ関連都市図
アメリカ関連都市図

それから、例えば日本の場合、よくできているのは東京という首都が比較的日本の中心に位置しているのと、交通機関が全て東京を中心に組み立てられている、いわゆる一極集中的な国土という点だ。日本人なら特別の事情でもない限り、一生の内で東京を訪れたことがないという人は少ないだろう。けれども、アメリカでは、アナハイムのホストファミリーがそうであったように、西海岸に住む人にとって、ニューヨークやワシントンという地は、そこが国の首都であっても、自分の人生にはまるで縁のないところと思っている。アメリカという国が、州政府の自治の極めて強い国だからでもあるのだが、僕が、東西両海岸を訪れたように、案外、ミーハーな日本人の方がアメリカ本国人よりもそういう機会は多いかもしれない。

僕自身、十数年前アナハイムを選んだのは、旅行会社の用意するツアーの中から「ロス郊外」というネームバリューと、距離的に近い分、東海岸の他地域に比べて旅行費用が安いのと、気候が穏やかで過ごしやすい、という理由からであった。今思うと、とても安易な気がするが、若いときはそんなものだろう。それ以外の選択はできなかったろうとも思う。

実際、西海岸の地は冬でも過ごしやすいし、観光地としても間違いなく素晴らしい。空の青さと乾燥した空気と、心地よい風とで、「サンタモニカの青い風」だとか「カリフォルニア・オレンジ」だとか、イメージしやすい、そのとおりの突き抜けた明るさが今も強烈に印象に残っている。

思えばここで、ディズニーランドもユニバーサル・スタジオもナッツ・ヴェリー・ファーム(ディズニーランドのスヌーピー版)もリトル・トーキョーもハリウッドもラス・ベガスにも行った。UCLAのキャンパスには気持ちよく寝そべった。ホームステイの目的は、基本的にはYMCAで勉強する日々のはずだが、今振り返ると、一体何をしにアメリカに行ったのだろう? と思わないでもない。当時はそれで十分すぎるほど満足し、人生観を揺さぶられるほどの興奮に包まれた日々を楽しんでいた。まあ、とにかく、そんなところなのだ。

“ロス・エンジェルス”――スペイン語で「天使のいる町」というこの都市は、住みやすく、過ごしやすく、明るく開放的で多くの人々を引き付ける。ただ、僕がもう一度訪れるかというとやはり、もう、今の僕にはこの“スカッと爽や!”的な地はいささかにぎやか過ぎるように思える。年齢やその後の自分の感性の変化がそうさせているのだが、それよりかは東海岸の方がしっくりくる(でも次は是非、アメリカ南部地方に行ってみたいと思っている)。

まあ、でも、それはアメリカという国の懐の深さにすれば、些細なことだ。ともかく、アメリカが好きだ。人生を楽しむアメリカ人は、考え方が肯定的でいい。“I can do it. You can do it.”の精神で、「ほどほどに」というつまらない生き方をしない。

また、日本人のように働くことの美徳に囚われすぎない。家庭を大事にする気持ちが根底にあるから、名誉な仕事が舞い込んでも家庭を優先する。


「一向に話が進まないではない!」と思われるかもしれない。

あせらず、気を長く。そもそも長距離レースというものが、それ自体、忍耐と我慢のスポーツなのだから。いかに早くゴールを切るかという競技の一面を持つと同時に、いかにしてこの長丁場を自分に楽しく満足できるものにするかというテクニックも必要だ。

というわけで、また次回。


 

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