迷える子羊のつぶやき 2002年7月

2002/7/1(月)

今日から7月。文月という旧称が奥ゆかしい。

梅雨は昨日からようやく本格的になってきたかのようであるけれど、7月を迎えたというだけで、少し、心も明るくなる。

今週は東京、来週は福岡と、続けての遠出となる。以前は毎週のようによく出かけていたけれど、最近では久しぶりのことだ。

それだけに、どちらも楽しみだ。旧友との再会も、仲間との集まりも。もうちょっと我慢すれば梅雨も明けて、夏祭り、花火のシーズンでもある。気が早いようであるけれど、やがてくるときを思うときこそが幸せなひとときである。

2002/7/2(火)

急に蒸し暑くなってきた。湿度が高いのはあまり喜ばれることでないが、普段、あまり汗をかかない体質の僕にとっては、この状態でやっと汗が人並みに出る。汗が出ると安心するし、快感である。発汗作用を促す意味では好都合な時期だ。

街に七夕の飾りをみる。

今週はずっと天気もぐずつくというから、夜空の星も味わえないだろうか。ここは、冬なら天の川も見えるいい場所なのだが、さすがに、この時期に見えた覚えはない。試しに今夜も、空気同様に、どんよりとした雲が覆っている。

2002/7/3(水)

夕方、職場対抗ソフトの試合。

課の多い職場なので、課対抗スポーツとして、バレー、ソフト、駅伝の3種が用意されている。僕自身にとっても、自信を持っているスポーツがうまい具合にこの3つだ。走ることとバレーは就職後に本格的に始め、そして鍛えられた。

ソフトはその昔、野球少年であり、大学時代が硬式野球部で、就職後のしばらくの時期、ソフトに熱中した僕にとってお手のもの。最初の職場ではそれこそ、週3日の割合で練習したものだ(それでも物足りなかった僕だけ、他チームの練習にさえも積極的に混じっていった)。錦川河川敷に通っていたあの頃が懐かしい。

しかし、今、職場で何か1つのことに盛り上がる時代ではなくなりつつある。僕も走ることに力を注ぐようになって、自然にソフトや野球からは足を引くようになった。今では毎年数回、グローブを取り出すかどうかといったほどになってしまった。

以前は有志を集めてつくったチームでピッチャーをやっていた僕も、腕や背中や脚に筋肉痛がしばらく残って走ることに支障を及ぼすからと、今ではピッチャーだけは避けている。肩から二の腕にかけての筋肉も全くなくなってしまった(走ることに腕の筋肉は要らないし)。

でも、昔とった杵柄は、たまにやるととても楽しい。走ることは一人だけれど、バレーやソフトはチームプレーで、チーム皆の力がかみあうかどうかが大きい。皆の力が結集したときは一気に盛り上がる。チームワークって必要だし、いいものだよな、と思う。

2002/7/4(木)

水曜日に予定されていた業者との業務ヒアリングが今日もなされずに終わる。こちらは、「まだか、まだか」と気にしているというのに。各課を回る業者側は、そろぞれの課との話し合いが結構ヘビーでスケジュールどおりに進まないのだろう。重要な話し合いだけに、早くやってしまいたい。次に始めるべき仕事がどう変わってゆくのかを見据えないといけない。

そして、これも当然ながら、コミュニケーションを行いながらこその仕事である。

案の定、昨日動いたソフトの痛みが随所にでてくる。左大腿筋、利き腕である右の胸、背中・・・。

2002/7/5(金)

練習日誌の「天花」というのは、昼休みを利用して走るコース一帯の地名こと(「天に星、地に花」とはいうけれど、天に花というのも粋だね)。

瑠璃光寺五重塔という、国宝を毎日眺めて走れるコースであるのは幸せなものだといつも思う。

ここには平日でも観光バスがよくやってくる。前夜、湯田温泉(あるいは長門の湯本、俵山温泉)に泊まったツアーが、朝一番で訪れるか、ちょうど昼時に訪れるケースが多い。有名なそば寿司など、上手い具合に昼食を取れる店があるからだ。

今日は京都ナンバーの車がやって来ていた。しかし、大内文化の山口は、西の京ともいうように、そもそも京都の町にあこがれて作られた街である(僕は通勤路として、一の坂川沿いを通るようにしているけれど、僕のアパートから職場へは、まさに碁盤状になっているからどの道をどう曲がってでも行ける)。

京都の人たちにとっては、山口を見て今さら、という感じになったりしないだろうか。

今夜、夜行バスで東京へ。

2002/7/7(日)

東京を堪能して帰る。実に楽しく、愉快な週末となった。平日の数十倍、濃密な時間を過ごしているのだなと思う。

今日は「七夕」。

日中は晴れていたのに、夕暮れ7時を回ったあたりから突然、空をどんよりとした雲が一面覆いいつくす。

一年一度の逢瀬にどこまでも天は意地悪なのか。

2002/7/9(火)

土日をはさむと書く話題には困らないのだけれど、今度は、パソコンに向かう時間がなくなる。

昨日は突然の腰痛に襲われてしまった。金曜夜の夜行バスで乗り込んでのレース、そして日曜の飛行機に加え、このところの疲労が蓄積していたせいだろうか? 立っているのがやっとなほどの、これまで経験したことのない初めての痛みだった。あわてて整形外科を訪れれる。

ついでに、4月から気になっている土踏まずの痛みの方は、足底腱膜炎(そくていけんまくえん)かもしれないと診断された。これは、有森もアトランタ五輪前に患ったのだという(本日の日経新聞スポートピア)。でも僕のは踵に近い部分の痛み(踵が痛くなるのはまた別に起こるのだが)というより、アーチ部の痛みだからたぶん違うだろう。

ともあれ、身体に痛みを抱えていると、どこか一つでも気にかかるものを持っていると、落ち着かない。つぶやくこともままならない。

2002/7/10(水)

月曜に腰痛を整形外科で診てもらった時のレントゲンで、おかしな位置に写る異常を医師が「盲腸かも」という。「盲腸?」と耳を疑ったが、今日、まさに下腹部が痛くなる。「まさか本当に?」と不安になってしまう。

腰も痛い、腹も痛いで踏んだり蹴ったりのような状態。

2002/7/11(木)

東海・中部地方に大きな爪あとを残した台風6号が通過したせいか、ここ山口は昨日少し風が強かった程度であるのに、今日の空は全てのチリや浮遊物が吹き払われたかのように、非常に良好な視界を一面に広げた。

職場である15Fからの風景がとても美しい。サビエル聖堂の2本の尖塔や街並みや山の樹々のひとつひとつがこれ以上なくはっきりとした線をあらわす。

そして、ここ数日続いた蒸し暑さから一転、暑いけれども決して不快ではない、からりと晴れた涼しさをももたらした。

快晴の青さが際立った空は夕方までずっと変化することなく、時だけが流れた。夕刻の、少し涼しい風が爽やかだった。時期、秋かと錯覚するような、金木犀の香りが漂ってきてもおかしくない程のさわやかな空気に包まれていた。

陽が沈んだ後も、木の形まではっきりとシルエットになるほどの山の稜線が美しい。一年に一度あるかないかといっていい位の、息を呑む程の美しい空の一日であった。

2002/7/12(金)

週前半の蒸し暑さは台風とともに吹き飛んだかのようで、今日はうだるような暑さとなった。梅雨明けも間近であろう。

昨日は米大リーグの、今日はプロ野球のオールスター・ゲームである。オールスターで決まって思い出すのは、江川の8連続奪三振だ。ちょうどそのとき、僕は大学のゼミ合宿で、大学の合宿施設である久住を訪れていた。まだ陽が沈んで間もない頃、ふと見たロビーのTV画面に釘付けになった。

あの時も暑い夏だった。初めて久住山を登ったこと、あまりに暑くて担当助教授をはじめとする男子学生が裸になって宿舎前の小川に入ったことなど、今も懐かしい。

そういえば、岩国に住んでいたとき、広島市民球場にも見に行ったな。15年の月日は経ったけれど、オールスターといえば、そんな時期の頃である。暑いはずだ。

2002/7/16(火)

3日間出かけていた福岡から戻ってくる。今回は会議と妻の里帰りを兼ねて。手を変え品を変え連続でやってくる台風の影響を受けなかったのが幸運だった。

ちょうど山笠の期間中で、中央委員メンバーも大いに喜んだ。しかも宿は櫛田神社のすぐ前。そのつもりではなかったのに日程の設定も宿の手配も最高に粋な結果となった。場所柄、雰囲気もよく歴史のあるいい宿だった。ホテル激戦区の福岡は安いビジネスホテルならいくらでもあり、これまではいつもそれを利用してきたのだが、こんな和風旅館が街中にあるとは知らず意外だった。

夜、中洲で飲んだ後、川端通りを通って、櫛田神社を抜けて帰る。アーケードの中には飾り山笠も展示されているし、山笠の期間中ということもあって櫛田神社は深夜0時を過ぎても境内に提灯が灯っている。週末の中洲のネオンの傍らで、提灯の灯る境内の雰囲気がとてもいい。

川端は学生時代、家庭教師のバイト先だったところでもある。

2002/7/17(水)

ランニング中、道路を横断する亀を見る。仕事を終えてから走るコースは、山口の仁保方面に抜けるとてもカントリーな道だからこんなこともあるのだ。

緑亀をもう一回り大きくしたような、亀と言ってもまだ子亀のような感じだった。子どもの頃は、野生の亀でも見かけようものなら、とても興奮したものだが、さすがに今は、おそらくこの暑さで水を求めてさまよっていたのだろう子亀を獲ってつかまえることはしなかった。

それにしても最初、雀か何かと思ったのだが、本当に驚いた。縁起のいいことでもあるのだろうか。

2002/7/18(木)

蒸し暑い日が続く。3日間の福岡滞在から戻ってきて、ちょっと疲れがたまっていて、まだ身体のリズムも戻っていない。

先週がそうだったように、突然の腰痛や何か、アクシデントに襲われないよう注意して過ごさねば。

2002/7/19(金)

車検に出していた愛車を取りに行く。平成元年式の先々代プレリュード。丸っこい車、4WD、室内空間の広い車が流行ってゆく中で、プラモデルのようにぺしゃんこなスマートさがかっこいい(・・・と自分では思っている。もちろん、本人ではなく、車だけだが)。

ついに14年目、中古で買ってから9年目に突入。

今では街中で見ることもなくなった(見かけると、とても嬉しい)。運転が好きという訳でないからあまり乗らないのだが、できればまだずっと乗っていたい車だ。

2002/7/20(土)

市内は山口祇園祭。

県内でも、秋吉台、宇部、上関で花火が始まる。いよいよ、夏、という感じ。

土用の丑の日でもある。スーパーはうなぎの蒲焼コーナーが特設されていて、そのあおりをくってか、鯵が一尾60円ととても安い(ので購入)。

3日前、亀が道路を横断していると書いたが、今日夕方、セミナーパークを走っていたら、今度は、クロカンコースをカニが横断していた。こちらは、山あり川ありなので、驚くほどではないけれど。

2002/7/21(日)

うだるような暑さの一日。

今朝は地区総出での草刈り。草刈といっても半端なものでなく、椹野川河川敷一帯をほしいままに覆い尽くしている、草というよりジャングルである。

夫婦2人で参加したが、我々二人の労働量なんてたいしたものでない。いわゆる、かがんで刈り取るような鎌では、それほど役に立たないからだ。取っ手の長い鎌か、草刈り機でなぎ倒してゆかないと、どうしようもない。

それでも、アパート暮らしでもせめてこうしたときくらい、地区行事に参加できると、嬉しい。

毎日、この下恋路橋を渡って仕事に通っているのだ。毎日、目にする光景なのだ。参加しないでは、きれいに草が刈られた光景を見るとき胸が痛む。汗を流して、すっきりできた。

2002/7/22(月)

連日の暑さ。夕方は職場対抗のソフト2回戦。今度はさすがにこてんぱんにやられるだろうと思ったが、最初、相手投手の制球が定まらずに、それなりの得点差で一応、試合らしきものにはなった。

どちらかといえば僕は四球で出塁するよりかはどんどん打ってゆきたいのだが(だって、たかが職場対抗のソフトだ)、ストレートのフォア・ボールが2打席続いてしまってはいかんともしがたい。鬱憤を晴らすべく、3打席目は初球をセンター前に。投手の球が速いから、余計に鋭い打球となって抜けた。久しぶりに自画自賛できる、鮮やかな打球だった。僕の耳にも金属音が響いたくらいだ。快感だった。学生時代(硬式野球)を思い出すような打球だった。

高校時代の友人からメールが来る。この夏の同窓会に出ないのかと。(前回のように)通訳を連れて来てもいいからと。加えて、当日午前中、新しく供用が開始されたばかりのきららドームで、野球部の者がOB戦をするのだという。途中退部した僕にも、よければ来てほしい、と。

今回の同窓会は迷った末に、欠席を決意した矢先、また心が大きく、ぐらりと揺れてしまった。放っておかれてもおかしくないところ、せつなくさせられてしまう。

2002/7/23(火)

3日連続で炎暑となり、早くも昨年同様の猛暑の気配を呈する。朝の自転車通勤時、子ども達や中高生の姿を見ないから、学校は夏休みに入ったのだとようやく気付いた。

子ども達には嬉しい限りの夏休みであろう。これからしばらくは、暑い日差しの照りつける朝、すれ違う子供たちのいない、ちょっとさみしい中を通うことになる。

2002/7/24(水)

暑さが続く日々。今日は予想通り、気温36度程度はいったろう。朝夕の通勤、昼休みのRUNも、身体へのダメージを抑えるべく何らかの手はずを考えねば。

2002/7/25(木)

夕やけが素晴らしかった。

大きな雨粒がほんの一瞬、落ちたその後に西の空一帯を覆ったオレンジ色が空ばかりでなく、目の前の空間までをも覆う。夏祭りを灯す照明がほんのりと浮かんでいるような、幻想的な雰囲気を見せた。

何色と呼ぶのがふさわしいのか、黄金色、ピンク、オレンジ・・・。声をあげて驚いてしまった。

2002/7/26(金)

交通事故で脊髄を損傷しながらも、今は車椅子バスケでパラリンピックを目指す元jリーガーが毎日新聞(西部本社版)に紹介されていた。

9年前はユース代表というから、かなりの実力だったようだ。身体が資本のスポーツ選手が交通事故で、華やかな前途を諦め、人生の転身を余儀なくされてしまうことには、その心中を察して余りある。

僕自身も障害の種類は別だが、この世には事故や何かでそれまでと全く違った生き方を今も探っている人が多いのだ。それぞれに境遇は違っていても。

2002/7/27(土)

思い立ってスキャナーを購入する。

何も知らずに店に出かけたら、USB2.0対応の機種は読み取り速度もうんと速いのだということを知る。どうせなら、その方がいい、とUSB2.0拡張カードもあわせて購入した。

机の下からパソコン本体を取り出し、カバーを開けて空きスロットに挿入する。ネットワーク設定でもほとほと苦労したけど、パソコンの設定を変えるのは結構疲れる作業だ。まして本体内部の増設もこのDELLパソコンでは初めてだ。パソコン本体を取り出してあれこれする作業なんてそうあるものでもないし、ならば、ついでにHDD(ハードディスクドライブ)も増設しようかと思う。かねてから、Cドライブが起動用でかつデータ保存先ともなっている状態に不安を持ち続けてもいた。今のHDD容量が足りないわけでは決してないけれど、万が一Cドライブを再インストールせねばならない状況になったことを思うとぞっとする(というか、いつ壊れてもおかしくないのがパソコンであるし)。

ネットワーク化させているノートPCを一応、データのバックアップに利用しているけれど、こちらも2、3ヶ月に一度するかしないかだ。一週間分でもデータが無くなっては困る。万全を期したい。

さて、増設。HDDの方はすんなりできた。バックナンバーとして取っておいた『日経PC21』の過去の特集記事が役に立った。念のため、リテール品を買ったのだけれど、この記事があれば、バルク品でも充分できたかも。

一方、USB2.0カードの増設をOSが認識しない。「またいつものようにここで、座礁に乗り上げてしまうのか・・・」と落胆し悲嘆しかけた。こちらは何度かスロットを替えて付け替えたら3度目でうまくいった。よく言われるようにソケットへの差込みが充分でなかったようだ。ほっとした。

スキャナーの接続、ドライバインストールは難なく終了。結局、計3時間を要す。本日も読書の時間を確保できず・・・。なんだかんだと、初めて聞く専門用語(ジャンパー、スレーブ、プライマリー・・・)のいい勉強?になった。

2002/7/28(日)

暑い日が続く。子供たちは毎日のようにプールで泳げて楽しい夏休みであろうが、大人になると暑さは確実に体力を奪う。

涼しくなってから走るつもりが、夕方、陽が山の陰になってもまだ蒸し暑い。このところ、どんよりとした雲が空を覆っていたのに、降りそうで降らない、多量の湿度を抱えていたゆえだろう。

こう暑いと泳ぎに行きたくもなる。この夏、海水浴場はきっと大入りなことだろう。

2002/7/29(月)

土日を経て、再び新しい週が始まる。暑い時期ではあるが、7月中に仕上げておきたい仕事もあるから、夏休みもとれない。

よく言われるようにあらためて思うのは、一日、一週間のうち、職場で過ごす時間の多さだ。土日がたとえ自由になっても、ごく数時間だが、職場は毎日最低でも7時間は職務に集中できる(せねばならない)環境である。土日に自分の趣味を進められる量と職務では桁違いだ。しかもそれが、一週間、1ヶ月と積もる。

このHPもそうだが、プライベートでもまとまった時間が取れるとどんなにかはかどることだろうと思ったりする。

2002/7/30(火)

厳しい暑さが続く。せめてもの涼を得るべく、8月に入ると堰を切ったように祭りが続く。

1日に萩で、2日は自衛隊駐屯地(これは、わがアパートからもとてもきれいに鑑賞できる)、3日は以前住んでいた岩国で錦川水の祭典、5日は防府で、そして6、7日はここ山口で日本三大火祭りという、ちょうちん祭りが。

2002/7/31(水)

雨の降る気配を全く見せぬまま、灼熱の7月が終わる。

昨日に続き、業務に追われた。他からの依頼の多い日だった。きこえない僕にしては珍しいことだ。誰に頼んでもよいような仕事の内容ならば、きこえない人間に声がかかることは決してない。よほどのことでないと。今日は僕でしかできない、そういうことが多かったから。

たまにこういうことがあると、とても嬉しくなる。本当ならば、もっと何でも頼んで、きいてくれればいいのに。でも、どれだけ思ってもかなわない。なす術がない。きこえないゆえの宿命。

もっと、人として扱われたいと思うが。


 

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