故郷を離れた友ヘ~山口の桜~

故郷山口を離れた皆さん、こんにちは!

(・・・と、読んでくれる人がどれだけいるか不明ですが)

今日は、ホームページ開設1周年記念謝恩企画として、山口の桜をお届けします。僕がホームページを開設して良かったと思えるのは、離れた友への近況報告になってくれるところなのですが、今日は僕の近況ではなく、山口の情景をお伝えしてみます。

国宝瑠璃光寺五重塔
国宝瑠璃光寺五重塔

まずは、国宝瑠璃光寺五重塔。

ここは僕の昼休みのジョギングコースです。

例によって、山口は今日も雨です。

(今日は雨だからこうして、昼休みにいつものジョギングをせずに撮影することができた訳です。)

山口は守護大名大内氏が本拠を構えた城下。サビエルをして「日本国内でいちばん栄えている山口」と言わせたほど絢爛な大内文化を咲かせた町ですが、なかでもこの五重塔は、25代大内義弘の菩提を弔うため建立された大内氏盛時の最大の文化遺構です。全国に現存する四十基の五重塔のうちで十番目に古く、また、その美しさは、日本三名塔の一番に数えられるほどの優雅なたたずまいを見せてくれています。

続いて、これは僕の毎日の通勤路である一の坂川。

山口は、京都の整然とした雅やかなたたずまいに心を奪われた24代弘世が、山口盆地の地形を京都になぞらえ、都を模倣した町づくりを行って今に続いている町です。盆地を南流する川を鴨川に見立てて町を縦横に区画されており、この近辺の大路、小路という都らしい町名が今も残っています。

一の坂川に咲く桜
一の坂川に咲く桜

どうでしょうか。雨の中の桜もまたよしと思います。

妻が言うには「山口は桜が多い」のだそうです。確かに、そう言われれば街中の至るところ・・・とまではいかないまでも、かなり多いです。「桜を見に行く」というつもりでなくとも、日常的に風景の中にある、という感じです。

ちょうど目にした山口商工会議所月報2003年4月号に、「やまびこ談義」として梟氏が山口の桜について述べています。サクラに関わる特別版として発行された文藝春秋3月臨時増刊号に、郷土出身作家2人の随想が掲載されたと紹介していたので、僕も書店でこの部分だけ読んでみました。

ひとつは防府出身の芥川賞作家高樹のぶ子氏。

画家や作家といった芸術家が桜を描くのは、その闇ゆえであろう。(中略)瀬戸内の小都市は、どの街にも川と桜がある。土手を飾る桜の下を川は行き、やがて空も海も瀬戸内海に流れ込む。・・・芥川賞を頂いた"光抱く友よ"の最後でも、川と桜は必要だった。

もう一編は下関在住の直木賞作家古川薫氏。

鴨川に見立てた一の坂川を軸にした都市計画を進め、町名もすべて京都を真似た。(中略)各所に桜を植えたのも京にならってのことであり、一の坂河畔の春は爛漫の桜で埋もれた。(中略)山口の桜は、大内版ロミオとジュリエットと今様に話せそうな戦国の悲恋物語に淡く染められている。


詳細は文春増刊号をご覧いただくとして、古川氏のこの記述に僕も「そんなドラマがあったのか」と、何気なく通っていたこの桜をまた違った目で見るようになりました。当時の光景を想像するのも、また、川の流れの上で咲き誇って後、散ってゆく桜の生命の繰り返しが500年変わらず続いてきたのだと思うことは愉快なものです。

県政資料館に咲く桜
県政資料館に咲く桜

今回は五重塔と一の坂川の桜をお届けしましたが、特にこの二箇所、桜の季節よりもその後の葉桜と新緑の季節こそがさらにいい、と僕は思っています。特に雨が降ってしっとりと濡れる新緑をバックにそびえ立つ五重塔の凛々しさにはため息がもれるほどです。

その頃は一の坂川と並行して走るパークロードの新緑が、また素晴らしい緑のグラデーションを見せてくれます。

ということで、その頃にはまた「山口の緑」をお届けすることができるかもしれません。今回の桜の光景で、自然豊かな故郷山口の情景が思い出せるとよかったのですが。


 

  Related Entries


Message

メールアドレスが公開されることはありません。