高校野球が終わった

野球は言葉のスポーツ

高校野球が終わった。今ではもうテレビ観戦することもない、ニュースも見るかどうかであるけれど、でもなぜかこの「期間」はそれだけで感動させられる。

新聞だけはよく見ていた。プレーそのものを見ることはなくても、言葉を通じても理解しすいのが野球の特徴。確か日経のコラムで、まだ言葉の蓄積がないサッカーに比べて、ラジオをきいて臨場感の伝わってくる、一つ一つのプレーを解説しやすい野球の、表現の多さ、言葉の豊かさというのを述べていた。

それは文章にしてもいえること。ラジオでの実況がきこえない自分にも、新聞や雑誌での解説を読むとひとつひとつのプレーが鮮やかに浮かんでくるくらいで。

汗と土と青空と

朝日新聞なり、スポーツ新聞は、さらにそこに球児らの一夏のドラマを見つけて作り上げ、書き立てて、否が応でも感動を増幅させるからね。年をとると涙もろくなるというか、記事を読むだけで胸にきてしまう。

各界の著名人が試合を観戦して、自分の想い出とも重ねて感想を記す朝日新聞のシリーズ「高校野球に、恋をした」は毎回、読ませてくれた。野球経験の有無に関わらず、誰にでも高校時代はあって、その頃の甘くせつなく、ほろ苦く・・・の想い出があるからね。

球児らのひたむきなプレーを見て、自分の過去も思い出させてくれる、我が身を重ねてしまうところが、ずっと共感を呼び起こすゆえんなんだろうか。

負ければ終わり、頂点に立つのはただ一校。毎日の熱戦は、水晶がぶつかりあうとき、そこに美しい火花が輝くようなイメージ。ぶつかり合うことでより純度の高い水晶に生まれ変わってゆくような・・・。

今日の決勝戦、テレビ画面を通じても甲子園を覆う青空は抜けるようにきれいで爽やかだった。「決勝の頃のスタンドにはもう、秋風が吹いている・・・」というのが決まり文句だけれど、確かに少し、涼しくなってきた。毎年の夏の風物詩。たくさんの感動をありがとう。



 

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