新春を着物で

心も晴れる

津和野稲成神社
太鼓谷津和野稲成神社

以前、記した「夏は浴衣で」の正月バージョン。

浴衣づくりでその道に足を踏み入れた妻が、今度は僕の着物をつくってくれた。浴衣の時は結構、引いたというか、ありがた迷惑的にも感じたことを書いた。けれども、一度、着てみると、和服の美しさ、日本の伝統美に気付かされて大いに気をよくして、今では毎年、喜んで着ている。

それで今度は着物でもどうか、と提案された時は、二つ返事で期待することにした。ただ、浴衣とは違って簡単にできるものではない。製作過程もすごく複雑になってくる。長襦袢に着物に羽織り・・・の表地と裏地と・・・。独学ではなくて、この道の権威ある先生に師事しているのだが、テキストを見るとやはりこの国の誇る伝統だけに歴史や由緒など様々あって(*)、空いた時間に少しずつ・・・、で約一年半がかりで完成をみた。

* 例えば、羽織ひとつとっても

羽織は元々男性が羽おるために作られたもので長い年月の間、羽織・袴が男性の正装とされるようになっても女性の羽織は一度も正装として扱われた事はありません。従って女性は羽織を着て出かけても改まった席に行けば必ず脱がなければなりません。
・・・
 男性は正式の行事が済むと人前で脱いだりします。そのため両者共に人前で脱ぎ着しますので、羽織の裏は表地と釣合のとれた美しいものが良いとされます。昔は「羽織は裏から」という言葉がありました。

僕も最初、羽織の裏がそこだけ屏風絵のような華やかな図柄になっているのを不思議に思っていたのだが、こんな風に「見えないところに凝る日本人」のイキ(粋)の文化、というのを感じさせてくれる。


浴衣が花火大会や夏祭りの場にうってつけであるように、新年の初詣でに着用して出かけてみた。もちろん、近年のブームで割と手軽に買えるようになった浴衣(何しろユニクロが高校生のおこずかい程度で買える価格で売るのだから、この業界に携わる人が職業としてやってゆけない。門外漢の僕でも同情する)に比べると、着物姿は非常に少ない。今では振袖姿の女性さえ、成人式で見るくらいで、結婚式の披露宴にしてもあまり見なくなっている。

いわんや、男の着物に於いてをや。

分かってはいたけど、浴衣でもう、気恥ずかしさを感じることもなくなっていた。むしろ、特別な場、ハレの場に和装で臨む時の、シャンとした身の引き締まる快感を知ってしまった。僕自身、以前までなら、女性の着物はまだしも、男まで着物なんて「何、気取ってやがんだ」と感じないでもなかったが、他人にどうみられるかより、自分の心の持ち方に随いたいと思うようになった。何より、心がハレ(晴れ)るのである。

情緒ある町で

山口大神宮にて
狛犬と

正月期間や初詣でに、着物姿はこれ以上なくふさわしい。それでも、いざ着てみて感じるのは、場所の相性というか、適不適が大きくある、ということ。もちろん、街中を歩いてもいいのだが、やはり、着物(和装)の似合う場所というのがある。着物の方が、場所を選ぶ。初詣の神社でも都市の中のそれより、ムラにある方がより、しっくりくる。なじむ。着物も伝統の残る雰囲気というか、空間の格調を求める。普段、何気ない空間も着物姿によって演出される。

例えば、日本の伝統を色濃く残す京都など、着物姿の客にはタクシーの料金が割引になるなどして、より街の雰囲気を高めようとしていることを数年前にきいた。それができるのも京都という町の特権だろう。旧い伝統文化が今も息づいている町、色濃く残っている町。幸い、僕の住む山口も、「小京都」(は全国にあまたあろうが・・・)であり、「西の京」とよばれる、京に見立てて町が建設されたころの香りが残っていて、割といける方である。

さらには、いずれも山口とも近い萩や津和野はもっとふさわしい。萩でも、昨秋、「着物ウィークin萩」というイベントが初めて催された。実は昨年末に妻が突貫で何とか間に合わせたのも、萩に着ていきたかったのが間に合わなかった残念な思いがあったから。

着物が似合う町とは、つまるところ、町に情緒があるかどうか。萩も津和野も大好きで、すぐに行ける位置であるから、これから何かの折りには着物を着て、ハレの場のひとときを大いに愉しみたいと思っている。

着物ウィークin萩 (萩旅館協同組合)
  ・・・今年は絶対、行きたい


 

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