悲しき夏

突然の悲報

今週は悲しい知らせをきいて落ち込んでしまった。前の職場で机を並べて共に仕事をしたS君が亡くなった。享年38歳。早過ぎる死。

S君とは5年前、前の職場(係)にともに配属された仲。性格すこぶる温厚、およそ敵というものを持つことのない、あまりに人の良すぎるくらいの、誰からも好かれる人物であった。

心の中の友

僕は彼のその穏やかさが好きだった。3年間働いたその係は、僕の勤めるこの大きな組織の中でも、5人だけの係員で構成される別室(分室)という形をとっていて、少し特殊な場であった。2年前までは僕のように障害を持つ職員が代々、配属されていて、その分、係員が協力して仕事にあたる、お互いが助け合える職場だった。僕も彼にどれだけ助けられたか、数え切れない。

滅多にない出張を彼のフォローに助けられながら、共にしたことも忘れられない。そんなときには道中、仕事を離れてお互いのプライベートなことを語り合うことができた。泊まりの時には、夜、2人で飲んだ。きこえない僕のように、周囲が大勢になればなるほど疎外感の強まる者にとって、一対一で向き合える貴重な時間であった。そして、そういうことのできる職場であった。

通常の異動スパンである3年を経て先に彼が次の職場に変わった。残された僕は、当然のことと覚悟はできていたが、寂しく残念であった。その後、1年して僕は今の係に課内異動となった。それでも、彼とはフロアーが違うだけで時には会えた。階段などではよくすれ違っていた。ちょっと元気がないように思えてメールしたことがあったように、気になっていたが・・・。昨年度末、彼には次の次の異動が言い渡された。栄転であったが、本庁を離れることで僕にはまた残念なことであった。3か月前の年度末に「昇進おめでとう」と言ったのが、最後の言葉になってしまった。

通常の職員と比べると、異動先が極めて限定される、異動そのものの機会も少なくならざるを得ない僕にとっては、はかない願いかもしれなかったが、いつかまた同じ職場で出会いたい、一緒に仕事をしたいと思える、本当に数少ない人物であった。仕事でへこむことはしょちゅうの日々の中にあっても、心の中で慕うことのできた人物であった。

それから、彼は僕と妻の結婚前を知る数少ない人物でもあった。彼と妻と僕と、3人がそれぞれを知ってからの時の流れは同じなのである。けれども、彼の時間は止まってしまった。僕ら夫婦にとって悲しみは計り知れない。

ちょうど去年のこの時期、香港を訪れた際の旅行記に少し、記したように、僕は別に、大学時代の同じ野球部の親友Yを2年前に亡くしたばかりである。今回またすぐにYのことを思い出した。就職後もしばらくずっと会っていた、意外なところで僕とウマの合っていたYの死は胸が張り裂ける思いであった。今もまだYの死は心の整理ができていないし、これから先もずっとつらい思いは変わらないだろう。2度と話ができない、顔を合わせられないと思うと、思い出すたびに胸がちぎれそうになる。今回またそれにS君が加わって、また大きな心の支えを失ってしまった。やりきれない。

彼と共にした日々を思うとき、職場に立つとき、心が荒みそうになるが、今はただ彼の冥福を心から祈るばかりである。

夏の午前よ、いちじくの葉よ
葉は、乾いてゐる、ねむげな色をして
風が吹くと揺れてゐる、
よわい枝をもつてゐる......

僕は睡らうか......
電線は空を走る
その電線からのやうに遠く蝉はないてゐる
葉は乾いてゐる
風が吹いてくると揺れてゐる
葉は葉で揺れ、枝としても揺れてゐる

僕は睡らうか......
空はしづかに音く、
陽は雲の中に這入つてゐる
電線は打つづいてゐる
蝉の声は遠くでしてゐる
懐かしきものみな去ると。


 

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