一歩前のこの道を

ある時ふと何かの曲が

頭の中で流れ出すというのは誰にでもよくあることだろうと思う。今朝の僕は

だって僕は僕を失うために 生きてきたんじゃない♪

のフレーズが枕元に流れて起きろと促された。

── はいいが自分で思い付いておいて何の歌だか分からない。分かる人にはエントリタイトルだけで一発で分かるだろうが、僕の場合、27歳を最後に22年間のずっと長い浦島太郎状態なので久しぶりにきいてみようとか、街やラジオで偶然、きくということもないから自分で思い出そうとしない限り、完全に消滅時効。それだけに、突然降り落ちた曲は寝ぼけたアタマで尻の方から段々思い出せてゆくのがなかなかに愉快。タイトルの「行かなければ」それに「奴がブーツのボタンを~」とサビの部分が一通り思い出せたところで、それでも誰の歌だったろう?

僕には27年分という、そもそも脳内記憶に残るシンガー自体が限られている。歌詞は尾崎豊の「僕が僕で──」に通じるがそうでないのでまず落ちる。ちなみに1つ上になる尾崎のことは大学の寮の隣の部屋のこれも親友になる寮友から教えてもらって同時代できけたよき時代。浜省、松山千春かな? 違う。さだまさし・・・は絶対ないとか頭の体操を楽しみながら、何だか「さわやかな感じ」の歌いぶりだったよな・・・のに騙されてしまったか、長渕剛の「逆流」という正解にはついにたどりつけなかった。。当時の長渕はとてもさわやかだったし。。

1979年発売の2ndアルバム。ラストの曲名とアルバムタイトルがともに「逆流」。長渕はこのアルバムの「順子」でブレイク(後にシングルカット)。シングルになっていない「逆流」をよく覚えていたな、どこでアルバムをきいたんだろう? とも不思議だが、アルバムの10曲を見ていると「祈り」や「ひざまくら」や、と、一応、大体は何となく思い出せてくる。

当時、中1。「乾杯」が翌1980年の3rdアルバム。当時はまだレンタルの無かった頃で、中学生のこずかいでLPレコードを買うのはきつかった、ラジオの録音の方が僕はメインだったが、そんな中でもよくきけていたものだと思う。若いから飢えていた身体にスッと入っていっていたんだろう。順子に涙のセレナーデ、乾杯までの初期の頃の、フォークな頃が良かったというファンも多いだろうね。

それにしても脈絡も思い当たる節もなく、どうして突然に降り落ちてきたのだろう? の方は謎のまま。「逆流」な人生を忘れるなということだろうか。

奴がブーツのボタンを はずしていようと

奴が他人の生きざま 馬鹿にしようとも

一歩前のこの道を 行かなければ

だって僕は僕を失う為に 生きてきたんじゃない

20160911
9月11日 日経

 

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