タイヤ交換 思い出の自転車通学

ほとんど初めての冬タイヤ

昨年、軽自動車に替えたついでに15年ぶりにはいた冬タイヤ。今冬は寒かった割に積雪はそれほどなくて出番もなく、今までずっと Prelude にはノーマルで頑張ってきたのに何だか報われない気持ち。タイヤ交換は2週間前に済ませていた、黄砂も観測されたというのに今朝も山に積雪が見えた不思議な今年の3月。

以前、エントリにしたホイール、非常な軽さが気に入り冬用にまた入手していたので足元だけみればずっと同じまま。実は2個のみならず・・・イヤイヤ、車のことを書き出すきりないので今は書かないようにしている。

ダイヤ? の足元
タイヤにダイヤ? な足元

姪の自転車を買い替えてやったのも2週間前。高校の合格発表を待たず、高校はまあどこでもいい、無事に中学を卒業した、頑張ったお祝いに。

先週、ちょうど、僕の母校からの道を車で走らせていたとき「このルートが(自宅までの)最短距離」「僕はここを通学していた」──と語りかけようとしたが、「いや、この道を通った覚えはないなあ・・・」

はて、じゃあ、どこを通っていたんだ? としばらく思い出せないくらいに記憶が飛んでいた(笑)。朝の登校は友人と示し合わせていた道が遠回りといえば遠回りの小道だったことをようやくに思い出せたが、下校に至っては断片的にあちこちの道(の特定のスポット)は思い浮かぶものの、決まったルート、というのが今でも思い出せない健忘症。

友人とつるめば家とは逆の方向だったし、自宅、学校間が2kmない近さだったこともあるし、とにかく真っ直ぐには帰っていなかった、まあ、高校時代というのがそういうものだといえばそうなのだろう。

ちなみに最・最短距離は車の通れない学校横の山の足元を抜ける道で、最初、自転車通学の認められない頃はここに隠していたりした。夏目雅子の墓もある小さな山。僕らの在学中はまだ存命だったが、卒業した年に早世された。

そういえば、1年次、まだ野球部だった頃、土曜午後(の練習がなかったということは試験中?)、封切り直後の彼女のあの有名な映画を坊主頭・学生服姿の部員10人くらいが映画館で横一列、かたずを呑んで観たこともあった(もう一本も強烈な二本立てだった)、毎日の通学路は思い出せないけど、そんなことはよく覚えている。

青春期の思い出というけれど、学齢期なんて本当にあっという間過ぎて、後になってみれば思い出せないくらいの毎日が刺激的な日々。若さを楽しんでほしい。



 

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