二百十日過ぎて思い出されたこと

野分の候

休日土曜、家で作業に専心している最中、旧友のことがふと胸の中に入り込んできた。

大学の野球部時代の親友でなぜ突然に、と自分でも可笑しく思いながら、自分は大切な親友ほど幾人も亡くしてしまう不運な男なのだが、でも就職後も頻繁に岩国の寮や山口のこのアパートを訪ねてきてくれて、むしろ大学卒業後の方が親しかった友人の、最後に頼ってくれていたことは嬉しかったことだよな、と作業の手は休めずに独り言ちするでもなくぼんやりと考えたりしていた。

それで夜、普段は見ないTVを見ていて(というと分かる方も多いだろうが)ドンピシャリに気付かされた、ようやくに気付かされた鈍感な自分なのは、彼の命日が昨日だったのだ。

そうか、気付かせるためにわざわざやって来てくれたんだ。忘れていてゴメン。以前は十種ヶ峰の翌週が例年、角島の夕やけマラソンで、今日もそれを思い出していたところなのだが、当時は走り終えた夜に泊まって翌日、黒崎にある墓参りに寄って帰ることができていた。スケジュールが変わって最近はそれが出来ずにいたとはいえ申し訳ない。

早いもので十周忌。もちろんずっと忘れることはない。「二百十日に野分」とはよくいったものだが、強い風に乗ってやって来てくれたのか、こうして本当にさりげなく胸に入り込んできて思い出せたことを嬉しく思う。


 

  Related Entries


Message

メールアドレスが公開されることはありません。