回顧2005

webで振り返るこの一年

  1. デフリンピック
  2. 今年はデフリンピックに始まりデフリンピックに終わった、といっても過言でないくらいに、大きな事件だった。自分としては、毎年、2、3本走るマラソン(と1万m)の一つ、くらいの認識であったが、やはり個人で走ればそれで終わるだけのレースではなく、日本代表として、ろう陸上界の期待を背負って、ろう者の応援を一身に受けての、自分だけではない、寄せられた限りなく大きな力をぶつけることが求められるものであった。出発前、帰国後の反響に驚くとともに、あらためて期待と応援の大きかったことに感謝しています。

    出発前から体調を崩していた上、厳寒の正月から酷暑の南半球に向かった環境の変化もあり、内容は最悪のものに終わった。無理がたたって、帰国後は体調を取り戻すのにかなりの時間を要した。貧血に加え、初めて坐骨神経痛というものにも見舞われて、もう走れないのではないかとさえ思った。何とか元通りに走れるようになったのが10月だから、年の4分の3、苦しんだことになる(それでも軽症の方だろうと思う)。膝から足首まで腫れ上がって、痺れて歩くのもつらかった、毎日、毎週、福岡や広島まで(東京でも)治療院に通ったことを思うと、よく年末の最後に防府読売マラソンを走れるまでに回復できたものだと思う。

    実は12月初旬、デフリンピックでの入賞に対して、厚生労働大臣表彰なるものを受けることができた。あわせて皇居での天皇皇后両陛下への拝謁(はいかつ)という、ネットの検索でもワープロ変換でも出てこない、一生に一度使うかどうかの言葉である貴重な機会もいただいて上京した。半数以上が途中棄権した、他国の選手は簡単に走るのをやめた(ダメージを考えればそれが当然の)中でも、やめるにやめられないのが日本人のいい意味での国家意識、愛国心、国民性だと思う。それだけに、入賞くらいでの受賞はどうかなと思ったが、JAPANウェアと日の丸に報えたことのねぎらいなのだと思って素直にいただいた。

    デフリンピックに防府読売と、年の最初と最後に酷暑、厳寒の両極端を味わった一年となった。


  3. 映画館
  4. 年の前半はまあまあ見たが、後半は見れずじまい。でも、日本語字幕に対する考えは深められたし、意見もできたと思う。

    最近、映画館にぱたりと足が向かなくなったのは「チャングム」にはまってしまったせいもある。NHK地上波で10月から始まったのに加え、BSでも12月、アンコール編として後半が毎日2話、連続で一気に放映された(こちらは一昨日が最終回)。今月の木曜は夜7時から11時までのゴールデンタイムを全て韓流にジャックされてしまう状態であった。紅白より、ゆく年くる年より、本当は視聴率がとれるんじゃないかとさえ思うほどで、毎週、ワクワク、ハラハラしつつ見守っている。


  5. 読書
  6. 本棚に収録できたのがたった3冊の貧しくお寒い結果となった。読むのも自律的意志を必要とするし、作者(著者)としっかり対峙することが必要で、ここは一番、ページをつくるのが難しい。でも、映像や音楽とはまた別に、文学の地味ではあるけれど、人の心に強く入り込んでくる力というものを僕は信じているので、来年は多少なりとも挽回したい。


12月27日付け日経プラス1で、クリスマスから大晦日までの1週間で新年の目標を立てる中島孝志さん(啓発書が有名)の方法が紹介されている。新年にやりたい、と100個リストアップした項目を「仕事」「勉強」「趣味」「家族」「お金」「健康」の6つのテーマに分類するという。なるほどとうなずける分類である。実際には、6つの分類を円形とするなら、大小それぞれの度合いがあって、かつ、いくつかは重なり合あっている、その中のコアとなるものがあるだろう。

この6ジャンル、振り返ると誰にもそれぞれに一年間のトピックは色々あるはずと思う。以前、年末には手帳や日記を読み返して一年を振り返る儀式を課していたこともあるが、今はこのホームページも読み返すと結構な分量となっている。

ともあれ、風邪をひいた上にデフリンピック出発準備で大わらわだった昨年と違い、今年は普通の正月を迎えられるのが何よりで嬉しい。無事に年を越せる、新年を迎えられることの有難みを強く感じている。


 

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