真央ちゃんと手話と時の流れに

先週日曜に参列した通夜というのは、聴障の知人の仲間で、ご主人の方が手話の、と参列者側もたいていは皆、双方を知っている人達で、狭い部屋に入りきれないたくさんの人が訪れていた。

ご主人の方はよく会っているのだが、亡くなられた奥様とは数年、会っていなかった。入院して療養中だったとは知らずにいたが、特に自分の失聴後の若い時期に力をもらえた方。ご冥福をお祈りします。

お坊さんが帰られた後の映像とともに流れた歌が「時の流れに身をまかせ」と「川の流れのように」。前者はつい数日前に別にきいていた曲でもあったが、後ろの席にいて、音楽に気付くようになった自分の耳にも、また選曲にも感慨あり。。

話は3回転半跳ぶが、真央ちゃんの引退会見もまたとても良かった。すごいなと思わせられた。それでではながいが、先週火曜の職場手話は(いつも決まった教材があるわけでないので)新聞記事で目についた、真央ちゃんに県民栄誉賞が贈られることになった、というまた別の会見の話題を題材にして練習。

真央ちゃんは以前、現役続行の会見でこの「時の流れに──」の曲に励まされたのこと。

もうひとつ、昨年の手話のとき、各自が交代で練習文をつくってくるのだが、その中にも、この曲を手話で表そうとするとき「あなたしか──ない」は(聴者の)口語で通じる意味と、直訳するのとでは真逆になってしまう、という(難しい話の例文)があった。

通夜にも当然、配されていた通訳者ならどう表すだろうと興味あり、音楽部分の通訳まではなかったが、短い唄ながら、この歌詞を手話で表現しようとするのは、情感を伝える表現力が求められて難しくも面白い。



 

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