自分を責めない

こころのサプリメント

単行本もあり

日経新聞水曜日生活欄(都市部は夕刊)の「こころのサプリメント」。

職場や家庭での悩み、心の病の生じている症例を取り上げて臨床心理士がアドバイスするという形の長い連載になっている。

人間関係やコミュニケーションに起因する悩みは、きこえない者にも通じるところが多い。昨日は「海外生活に慣れない」A子さん。予想の付くとおり、言葉が不自由でコミュニケーションに苦労することから本来の自分の明るさが出せず、暗い性格になってしまった、沈むようになったという。この相談に対して

もともと明るく元気な人であればあるほど、暗い自分を見せたくない

のは当然のこととして、

明るさを持てないのは、A子さんが悪いのではなく、言葉の壁によるところが大きいのでは

とアドバイスを送り、はたして日本に一時帰国したA子さんは自然と明るくできる自分を確認したという。

言葉の壁

先日、「営業的な性格」でエントリしたように、きこえない者が本来の自分を出せないのは当人に責はなく、まさしく言語の壁によって出せるものが出せないでいる、萎縮せざるをえないところがあるのだ。

海外での環境の変化は、思いのほか神経や体力を使う。ましてや、言葉が自由にならない環境では、つたない言葉や身ぶりで表現するしかない。頭では分かっているのに、幼い子どものような言葉遣いになり、自尊心が傷付いていく。

慣れない言語環境で自分の意思を表現する方ことが拙いものになるのは本人の意思(努力)でカバーできるが、逆方向の、すなわち言葉(情報)を得ることはもっと難しい。得られる(与えられる)情報が無いに等しい、子ども扱いのようでまさに自尊心も傷付く。

以前、学生に講義したとき「きこえない人の置かれた立場は、きこえる私達が言葉の通じない外国に行ったのと同じですね」とレポートをもらったことがある。確かにそのとおりなのだけれど、あえていえば「外国語は本人がその気になれば(頑張れば)身に付けてゆけるが、きこえないことは努力して(がんばって)変えられるものではない」それが決定的な違い、と言ったことがある。

一時、帰国して、自分本来の姿を取り戻すようアドバイスされているのだが、これも海外での生活が特殊で一時的なものであればこそ。

きこえない人間がコミュニケーションの取れる同じ障害の者と集まって心安らぐのとも同じ。けれども、それはごく限られた空間であり時間であり、普段は日々、きこえることが当たり前の世界でA子さんのように「本来の自分」が出せずに過ごしている。

A子さんの例でいうと、僕なんかは逆に一時的であるなら、言葉の違う海外に行くと心が弾む。常日頃が元々、コミュニケーションに苦労しているのだから、言語の違う異国を訪れて聴者も聾者も立場は近付くと愉快だ。対等とまではゆかないにしても、自分の置かれている立場が聴者よりずっと後ろの位置でないだけでも気分は明るくなる。

折しも春は新生活の始まる季節、環境の変わる季節だ。


 

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