療養所

さまざまな人生を

最近ふと急にさだまさしを聴きだした。人工内耳にして3年半、青春期に好きだった歌、よく聴いた曲は大体ひととおり聴き直した(それ自体十分すごいことだが、それはひとまずおくとして)と思っていたところ、そういえば、さだまさしも一時期はよく聴いたなと。

中1(1979)のときに大ヒットした「関白宣言」でさだまさしを知った後、当時はラジオでコンサートライブを丸ごと放送というのが結構あって(特にさだのコンサートは愉快で有名だったこともあり)遡るグレープ時代やその後の初期のアルバム曲もラジオで流れるのをカセットテープに録音してきいていた。

中1~中2のまだ幼い? 年頃(おまけに早生まれ)なりにさだまさしのこだわりある詩的な世界に入れたのは今思うととても不思議に思う。中2の担任の国語教師がさだのことをよく話していたのに影響を受けたせいもあるかもしれない。

・・がしかし、時、1980年。以前も書いたが、70's/80'sというのは、後になって云えることではあるが時代のとても大きな変わり目だったと思う(=個人的に)、松田聖子の登場がただのアイドルにとどまらない、やがてJ-POP隆盛に連なってゆくと、時代も明るく軽く華やかなバブルに突き進んでいく。そうした中、さだまさし(や中島みゆきや・・)はオタクな区分に押しやられるような、特にさだまさしは、当時の男子がファンだというには憚られる旧いフォークで軟弱で暗くて、なイメージが強く、それでというのでもないが、自分も高校以降はぱったりと聴かなくなっていった(中島みゆきはきいていたが)。

で、今回、有名どころの初期のシングル「天までとどけ」その他が聴ければ十分、のつもりで探していたら、ベスト盤としては「天晴」というのが評価も高いようなのだが、同じ3枚構成で収録曲もほぼ同じものを見つけたのが「ウルトラ・スーパー・ミラクル・ベスト」。なんじゃそりゃ(笑)なタイトル、廃盤? なこちらをユーズドで購入したのは「療養所」が入っていたから。「療養所(サナトリウム)」は1979年アルバム「夢供養」のA面ラスト。人生の深遠さと日常とを歌って静謐なスケール感、とでもいうような、当時わずか十年と少しの人生しか生きていない中学生でいて大いに感動させられた曲。

それで結構今回、記憶が呼び覚まされ、その頃のアルバムでいえば「魔法使いの弟子」やグレープ時代の「蝉時雨」もそういえば覚えているし、「昔物語」に「分岐点」、「肖像画」に「黄昏迄」が気に入りだったアルバム「うつろひ」はきっと友人にダビングしてもらったんだな、等々と次々に思い出されて何とも懐かしい気分。何しろ40年! 今にして急に蘇ると余計に面白い。

「療養所」はじめ、40年前の自分がきいていたことがあらためて不思議ではあるけれど、感受性が開かれていたときにちょうど巡り会えて聴けたのはとても幸せだったなと今では思う。そんなわけで最近は「天までとどけ」でギターを練習している。


 

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 comment
  1. みっちー より:

    母がさだファンだった影響で、結構知ってます^_^

  2. より:

    みっちー母、若い! ですね(^^)

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