ルージュの伝言(1975)

秋深まる冷たい雨と...

ユーミン(特に荒井由美~初期の頃)は中学から大学の十代の頃に集中的によく聴いていて、先週もCDを取り出してきいていたばかりだったのだが、今日ふと思い出させられたのが「ルージュの伝言」。

昔は職場でも結婚祝賀会というのが必ず行われていて、係単位での余興(芸出し)も必須。最初の職場の岩国、1年目新採のときに提案して踊ったのがこの曲(笑)。もちろん歌の内容が祝賀ではなく(むしろイタズラな)、アップテンポのリズムが陽気でいいと思い。

ただ、当時、係の先輩は皆、この歌を知らなくて、テープを貸してきいてもらうことから始め、でも企画の才ある先輩の振り付けなどなんだかんだと盛り上がり、かつ、練習もしっかりこなして当日、披露。自分達も楽しかったし、周囲にも好評だった。特に女性職員(といっても2人)、新婦(新郎は「・・・」)、それにこういうことを支持してくれて今もおつきあいある直属の上司には大いに喜んでもらえた。今あらためて思うに、選曲の時点で間違いは無かった(笑)。当時の皆がどこまで覚えているかは分からない(僕も他の係のは全く覚えていないし)が、若い職員の多かった頃の懐かしく楽しい想い出。

その後に僕は失聴して人生、急変化してしまったところもある、途中、この曲が誰かにカバーされてヒットしていたのをきこえない僕も知ったとき、当時はこの曲をユーミン以外が歌うのを不思議に感じたものだが、調べてみると、2000年代だけで20人近くカバーしているよう(もちろん僕は誰も知らない)。これも失聴期間に感じていたことだけれど、いい歌は誰もが歌いたくなるのも分かるが、それにしても安易なカバーが多過ぎるような。。

「カバー」という言葉自体が軽いし、昔は「リバイバル」といってなかったか(=古過ぎ)。ユーミンのカバーはハイ・ファイ・セットだけで充分じゃない?

ただ、おかげでというか、失聴していた22年の浦島太郎な期間を経ても音楽面にそれほど変化した様子は思えず、むしろ昔の曲の良さが評価されて歌い継がれている、ひいき目に見ても1970~90年代序盤のちょうど時代が右肩上がりの頃のは豪華だった。多感な年頃の身体に染み込むようにきけたのは時代に恵まれてとても幸運だったと思う。

── と思っていたら、先日の日経の記事で湯川れい子さんが

人はどうしても、多感な時代に聴いた音楽がいつまでも一番いい

と思いがちである、それを認めた上で、自分の知らない名曲も世の中にはたくさんあるから、と、かつて「イエスタデイ」も当時、すぐに価値を認められなかった例をあげて薦められている。

一番いいと思っているだけでも充分とは思うが、確かに僕にとっても人工内耳と失聴期間とをカバーして、今後、知らない音楽を心に響かさせられるかどうか、挑戦のしがいはありそう。


 

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