生の姿で伝える 聾学校講演録 1

生の時間が一番

TV放映と偶然に日の重なった聾学校での講演「先輩の体験をきく会」。生徒や保護者の方、あるいは先生らは講演とテレビの中の僕と、双方をどう見てくれたろう? ついさっき、目の前で話していた僕が、2時間後にはTVの中で語っている・・・(でも同じ服で)。不思議な感じだ。

僕からするとやはり、不特定多数の誰に見られているか分からないTVより、目の前に対象がはっきりしている方が落ち着く。後ろでは一応、ビデオも回されていた(後で他学部なり他の先生なり、また将来の生徒らに見られるのか・・・と思うと複雑でもある)けど、それも慣れたこと。

編集や録画という手法で、あるいはデジタルという複製の容易な手段とで、多くの人に見てもらえるメリットも捨て難いけれど、人生に二度はない、その場限りのライヴの空気を共有できること、生の熱気が一番、面白い。

思った以上に僕自身、楽しめた。最初、中等部ではまだ話が通じにくい、手話も分かってもらえないかなとも心配していたのだけれど、そんなことは全くなく、生徒らはよく理解してくれた。

予想以上の関心の高さ

依頼は数ヶ月前からあったことだけれど、特に用意することもなく臨む。特にろう者の世界は、目に見える──手話という伝達手段は無論、身振りなり表情なり──ものが全てで、話す方もきく(見る)方も、目で語り目で読みとる。顔で語り、身体で受け止める。原稿棒読みは論外、目を下ろすことさえ、しらけてしまうものだから。

「どんな話しが求められているのか」と到着後の直前、先生に確認して、あとは度胸と、人生の後半生をまわっているこれまでの経験でそれなりに。主には

  1. 子どもの頃
  2. 仕事のこと
  3. 走ること

ちょうどTV取材と同じだね(笑)。これらを行きつ戻りつ脱線しつつ、色々と話したのだけれど、考えていた以上に彼らの意識の高いことを知って感心させられた。

よく障害を持つ子ほど可愛いという。子を持たない僕であるけれど、まさにそのとおりだなとうなずける。特殊学校の先生らがより力を注ぐことも共感できるし、そうした大人の愛情をたくさん注がれている彼らだから、本当に素直で伸びやかだ。

純粋で真剣なまなざしに僕も自然と力が入った。憧れの熱中・北野先生にちょっと近づけたかな。

もちろん家庭でも学校でも彼らを導くのは簡単なことではない、普通の子らの何倍、何十倍もの苦労があるはずだろうけれど、その分、大人も懸命になる。彼らを通して親も教員も鍛えられる。成長させられる。

僕にとっても話しているほんの一、二時間でもそれを痛感させられた。彼らに何かを与える、教えるのでなく、彼らを通して僕自身が教えられる、鍛えられる。本当にいい機会を授けてもらえた。



 

  Related Entries


Message

メールアドレスが公開されることはありません。