リセット

今週は業務の集中した週で、ただ量が多くて遅くなるのは問題でなく、僕も以前は連日、翌日帰りの、稀に日付が変わらないうちに帰れたらたまには風呂にでも入ろうか、という日々だったから気にしない。今度の課もほぼ毎日誰かがそんなようだ。そんな中でもブログ(旅行記)の更新を続けているのは書きためているのを一日ずつ、小出しにしているから(笑)。

そうでなく、まだ仕事そのものが自分で片付けられない。きこえない以前の個人の能力の問題で。難しい数学の問題を与えられた感じの、分かる者にはすぐに解けても、分からない者は一週間かけても解けないような。数学がそうであるように、できてみれば解はとてもシンプルで美しい・・・。

きこえないことは仕事そのものでなく、別の苦しみをもたらす。仕事に限らず、人の集まるところ(組織、集団)にいて、その「場」に加われない孤立感、疎外感。

きこえない場合、仕事に限らず、人とのやり取りは一対一で対応できる(機会がある)かどうかがやっと。仕事を学ぶのも、結果や過程において相手にするのも、相手は一人というケース。そうでなく、目の前の自分以外の他者同士の話をそれとなくキャッチし自然に入ってゆけるかどうか。

仕事でも飲み会でも、同好の士が集まる遊びの場でも、隣の人間が親切なら何とか相手になってくれるかもしれない。でも、その場の「全体の」中には入れない。周囲が盛り上がれば盛り上がるほど。

自分には到底、届かない、周囲が楽しく愉快な様子を目にするだけはしないといけないのは、幼い我が子を失った母親が別の幸せそうな親子を見るときの辛い気持ちに通じるといったら不適切だろうか? そしてそれが将来にわたり良くなる訳でもなく。

前、きこえないで仕事をしてきた先達、している仲間はすごいと書いた。今、心の病とか精神疾患とかいうけれど、僕なんて一年のうちで何回、鬱になるか数え切れない。きこえない人間は多かれ少なかれ似た悩みを抱える中で、それでも、毎日、社会の中で生きているだけでも本当にすごいと思う。

仕事そのものがどうとかでなく、人間関係でもなく、きこえることが当然の社会に出てゆくしんどさ、きつさ。

週末はそのリセットの時間。


 

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