合わせ技の妙 熱血取材録 2

音のない世界とは・・・

今回、取材を引き受けた最大の理由は、最初の依頼でディレクターさんが聴覚障害への関心を持つひとかたならぬ理由があることを打ち明けられて僕も心を動かされたから。

それで僕も放映には現れない、大切なところの話しができた。何しろ当事者であるとか、家族がそうだとかでもないと共感を持ちにくいものだから。これまでの他の取材以上に、最初から気安く心を開いて当たることができた。

やはり目に見えないこの障害は、何が「障害」であるのか、その中身や苦労、不便、悩み、苦しみ、悲しみ・・・といった本人の心情や葛藤というものが周囲に、社会に理解されにくい。当事者でないと、身近に、家族に抱える身になってみないと分からないものがある。

24時間365日、この先ずっと・・・ということを想像することは難しい。社会や周囲が悪いのでなく、「目に見えない」がゆえのどこまでもこの障害の宿命でもある。

声高に叫ぶというものでもないけれど、こうした機会を通して、少しでも考えてもらえたなら良かった。

例えば司会の方が僕の映像の後、

「どんな世界なのか想像しても想像しきれないけど・・・」

といわれたように、聴者が「音のない世界」に思いを巡らせてもらえれば、僕個人としても取材に応えた目的を果たせたと思う。

もちろん、僕が走ることに頑張っている姿や、職場や家庭や・・・で支えられている姿が、同じ障害を持つなり、そうでない人にも何か力を与えることになっていれば、何か心に響くものがあったなら、報いになれていたら嬉しい。

合わせ技

今回、たまたま僕は媒介になっただけと思っているけれど、これも例えば障害のことだけ、走ることだけなら僕より別にもっと専門的で適した人はいる。

僕の場合、両方があったから媒介役に都合の良かった点があるのだろうし、最近、そういうことを自覚するようにもなってきた。先日、記した、「羊頭狗肉」や「抱き合わせ」ではないけれど、一つだけでなく「合わせた」ところに妙があるというか。

昔、最初の職場の上司が新採組の初めての異動にあたって「仕事だけでなく、仕事以外で何かこれ、というような誰にも負けないものを一つ持てよ」「一芸に秀でろよ」と忠告されたことがあった。その方自身、一芸のみならず二芸も三芸も秀でる素晴らしい方で、退職後も独自の道を切り開いて活躍されている。

いわれたときは「そうはいっても簡単なことじゃない」と思っていた、意識してきた訳でもないけれど、今になってみると実感がわく。

また、7年前くらいの研修で面白かった講師の言に

「人生には合わせ技が大切」

「一つでは足りなくても、二つ、三つ合わせれば力になる」

「補い合って力を発揮できればいい」

というのが非常に印象に残っている。

「ろう者として」「ランナーとして」というこのブログ(ホームページ)のコンセプトに掲げているように、僕にもちょうど両方が相方を補いつつの合わせ技になっていれば、自分なりにこの技を磨いてゆければと思う。



 

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