Much thanks !

時々、ホロリ

一昨日のエントリにコメントをいただいた。

特にこのカテゴリに関心を持ってくれる人は多いとはいえないだろうから、嬉しさよりも思いがけないことにまず驚かされた。

どうもありがとう。反応が期待できるものでもないことは分かっていたので、意外で驚き、温かい言葉に泣けてきました。また同時に自分の姿勢についても考えさせられて、神妙にもさせられました。

実は昨日のエントリ関連で、また「ボストン旅行記」を読み返していると、そうなんだ、今回と全く同じことを書いている。あの時も同じように聴者の中でのコミュニケーションの壁を、我が身のやるせなさを痛いほどに感じ、けれどもその後に局面の変わる出来事に遭遇して気持ちの一転したことがあった。あの時から7年近くなる今回、また嬉しく感激させられた。

ツアーメンバーの人たち/ボストン旅行記

そこに人がいれば

一種のあきらめが先に自分の行動に予防線を張る。

聴者に囲まれて時間を過ごす時、常に感じている不安もそうだ。予想通りに失望感を抱いて帰ることになるくらいなら、最初からできればそんな場所は避けて通りたい。好んで針のむしろに座ろうとしなくとも

「僕は耳がきこえなくて・・・」と、会話ができない自分を説明しないといけない。せっかく相手が好意で話しかけてくれてきたその会話のチャンスを失ってしまっている。親しくなれるかもしれない、未知の世界が開かれてゆく新しい可能性を生むきっかけの糸が自分に向かって伸びてきているのに、自分でぷつんと切らざるを得ない。

言葉だけでなく

けれども、そうだよね、話はできなくても、例えば走る姿だけでも、走っているというだけでも何かを人に与えているかもしれない。僕が他者から救われているように、僕も誰かを勇気付けていることがあるかもしれない。普段、本人がそんなことは考えていなくても、きっとこの世を上から眺めてみれば、お互いに勇気付け合い、救い合っているのだろうね。

そういえば思い出すのは2年前の防府読売マラソン。前夜からまさかの雪が降り積もり厳寒と強風の中で迎えたレース。あのときも周囲の姿に胸を打たれた。でも、それは誰か一人が助けた、助けられたのでなく、お互いの走る姿が荒海の中を突き進む力に変わっていったもの。連鎖して円になっていた、言葉を交わすことはなくとも、見えない何かがつながることで力になっていた。

第36回防府読売マラソン 3/完走記

胸の内は推測しがたいが、誰の目にも映る「走っている」という事実は、これ以上なく選手を鼓舞してくれる。同じように、僕が気持ちの上ではまいっていても走る姿は他の選手にも何らかの影響を及ぼしている。選手間のその連鎖が皆の背中を強く押す。強風に負けないほどに。追い風に匹敵するくらいに。

ブログの更新は実際のコミュニケーションのようにはいかず、基本的にはただの独白の、そして、それでいいつもりでいたけれど、こんなこともあるのだ、と嬉しい言葉に大いに慰められ励まされた。大きな力をもらうことができた。本当にありがとう。



 

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