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カラオケ歓迎会

職場の班の歓迎会。割と人数の多い班で記憶になく珍しい対象が唯一人の僕だけ。2人出て補充が1人、と一人減った上に入ってきたのが古顔では面白味に欠けようが、まあそれは僕のせいではない。

歓迎会という名目なのだけれど、復帰を喜んでもらえる人がいて、楽しく話ができた一面で、そうでなさそうな方もまた・・・。

元々、きこえないと座席の位置的にも時間的にも話す相手はどうしても限られる──何より飲み会にいて、その場の(全体の)話に加われないというのは致命的である──のだが、隣にいても関心のないケースはあり得る(ああ、一応、今夜は主役の部下なのだけれど・・・)。

僕も古顔だから分かるのだけれど、顔ぶれが一部であるにせよ変わった──というのは特に出ていった方の──が余程、すっきりしたのか珍しくご機嫌で2次会に繰り出す(これ迄見た事無かったのだけれど・・・)。

いつもなら義務的出席の禁が解かれる2次会以降でやっと面白くなる──ことも分かっていたのだけれど──あれ・・・(落胆)。渋々ついていって入ったのが、僕には久しぶりに見たなあという、古く小さなスナック。

カウンターだけの狭い店は、おばちゃんがうだつの上がらないオヤジを相手にもっぱらカラオケだけでもってるといった感じ。コミュニケーションを視覚に頼るろう者がこんな風に横一列になる店を選ぶことは普通、ない。まあ、それは店の事情だからやむなしとしよう。

しかし、きこえない者が主役のはずの夜にカラオケとは・・・。皮肉なのか当てつけなのか・・・。この日でなく別の364日なら、僕でなく他の誰かが主役ならそれもいいだろう、何度も書いているように、きこえない者にとって職場の飲み会は往々にして我慢の場でもある。皆がカラオケに行きたいならば遠慮なく辞退しよう。

足の悪い者や車椅子や・・・の人がいるメンツで山登りやスキーや海水浴に行くか? (逆に手足が不自由だと音楽やおしゃべりが大好き、というのは多い)。自分の子どもがきこえない障害を持っている場合に両親だけが歌って楽しむか?

それでもゴキゲンでいられるその無神経さというかデリカシーの無さというか、に久しぶりの感情を味わわされた。きこえない者には飲み会でも旅行でも、突き詰めると日々の職場でも、その場に居ることはできても──そして求められても── 一番、大切な感情が共有できていない。

まあでもご心配なく。僕にとっては慣れっこでしょっちゅうの事ではある。


2009-04-10


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