壁の向こうに 3

繰り返し立ちはだかる壁

ずっと、ではないけれど、度々起こるのが、壁を前に立ちすくむ状態。今また。

環境の変わる4月、というのがそうなりやすい時期であるせいも大きい。

自分のホームページの以前の記事を思い出して読む、ということはあまりないのだけれど、この時期のせいか、何気なしに見ていたら、ちょうど1年前にアップしたのが

壁の向こうに1、2


内容も書いた本人でいて、すぐに忘れてしまっている。今、読み返してみると、一年前に書いた当時の方がまだ客観的に眺めていられたのに、今の僕自身がまさに彼らの状態に同じ。昨年、一学年上の球児らが40歳を迎えた時だったように、今は自分が40歳。fortyシンドロームとでもいうべきなのか・・・。

「壁」というのも「波」のようなもので、何度でも繰り返し襲ってくる。しばらく凪いでいたものが時に高くうねってくる。その都度、粉砕されながらもそれなりに乗り越えてゆくのだけれど、一度、越えたら終わり、ではなく、将来にわたり、決してなくならないもの。次にさらわれるのは、もっと大きな波かもしれない・・・。

ガラス窓の向こう

「壁」の向こう、というのか、あるいは「透明なガラス窓」で覆われた状態。透明なガラスであることに気付けず、ぶつかってしまう小鳥のような。見えていても向こうには行けない。越えることも開かれることもなく、行こうとすると容赦なく跳ね返されてしまう。行こうとするから痛い思いをして苦しむ。

「ろう者として生きる自分とは一体何者なのか?」

コンセプトに掲げたはずが5年間、カバー不足であった。二の次、三の次、のはずの「ランナーとして」その他が多かった・・・。そっちの方が書きやすいから、楽しいから・・・。「音のない世界で」に正面から向き合って言葉にする、思いを綴るのは正直なところヘビーだったから。

でも、40歳の区切りでもあるし、あらためてまた、この苦しみをきちんと受けとめて、格闘して、自分なりにことばにしてゆかないといけないと思うようになった。



 

  Related Entries


Message

メールアドレスが公開されることはありません。