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仕事と

コートの上では・・・

夕方、職場対抗バレーの試合。僅差で負けてしまったものの、皆、先週の練習の成果あって動きよく息詰まる熱戦。薫風さわやかな季節の夕暮れ、爽快な気持ちになることができた。こんな気分を毎日、味わえたらいいのに。

一つのボールに集中するチームプレーっていいな、とあらためて思う。球技の醍醐味。コートの上なら、僕も聴者とほぼ対等に、ボールを介してのコミュニケーションができるから楽しい。

なぜ苦しむのか

「苦しくったって、悲しくったって」・・・。青春と呼べるコートの上とは違って、仕事の上では話す聞くのコミュニケーションがどこまでもベース。この世界についてのエントリーは、軽く書き進められるものではないが(それで、同じように障害に向き合ったつもりの同士のサイトもやがて消えてゆくケースが多いのだが)、でも、目をそらさず、頑張って向き合おう。

一番、頭を悩ませる仕事のこと。仕事で悩まない聴覚障害者は皆無。一度ならず、辞めたいと思ったことのない聴覚障害者はいないだろうし、悩みや愚痴や不満のない、という人に(余程の強がりでない限り)出会ったことはない。

外見は普通に見えるから、目に見えない障害を周囲が想像しにくいように、その内面も理解されにくいが、外からは見えない悩みは深く重い。

実際、聴覚障害者は離職率が飛び抜けて高い。なかなか職場に定着できない。他の障害なら、割と物理的バリアを排除することで足りるのに対し、ベースとなる「当たり前の」コミュニケーションに支障があるのは、ある意味で、どうともできないことだから。

僕も辞めようと思わない日の方が少ないくらい。40歳にして無職になって、果たして次の仕事があるのか? という問題はまた別に記すとして(笑)。今の仕事に何の不満があって・・・と、贅沢な悩みであることの側面もあるかもしれないが、「選ぶ」ことのできない、選択肢のない不自由さ。

きこえないとなぜ、仕事を選べないのか。なぜ、仕事が続かないのか? なぜ悩みが尽きないのか? なぜ苦しまいといけないのか? そんなこと考えず、明るくハッピーなことだけ考えていこうよ、というささやきにそそのかされつつ、でも、これも与えられた使命と思い、思うところを少しずつでも書いてみる。


2007-05-14


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