ヘレン・ケラーが望んだもの

昨日のエントリー「メガネ、人とモノと」の続き。

見えないことは人をモノから切り離すが、

きこえないことは人を人から切り離す。

特にきこえない者、聴覚障害者は見た目には全く普通と変わらないので、車椅子の人や盲者に周囲が抱く思いと違って、その障害の深刻であることも理解されにくい。

「人は見た目が9割」とかいう本もある。読んではいないけれど、勝手に想像するに、本当の姿は見えにくいがゆえに見た目(表面)で判断せざるを得ない、ということなんじゃないか。

逆にいうと、本当の姿は見落としている1割にこそある。サン=テグジュペリも王子さまに語らせている。

「ほんとうに大切なものは目に見えないんだよ」

だから表面に惑わされることなく、物事の本質をつかめている盲者には聡明な人が多い。

三重苦を克服したヘレン・ケラーが、何かひとつを選ぶとしたらと問われ、答えたのは、きこえるようになりたいと望んだことだとされる。

人間は本来、きこくとで言葉を覚え、人と交わり、社会に出てゆくから。人間を人間たらしめているのは聴覚だと。人と語り、音楽を聴き、奏で、紡いでゆけるから心が豊かになる。

障害を比べるというこではないのだけれど、きこえないことの理解が難しいと思い、追加で書いてみた。

読んでいただき、ありがとう。もちろん、きこえなくとも、少々のことはあっても生きてゆけるので。



 

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