同窓会2007

10年ぶり

年始、高校の同窓会に出かけてきた。5年前(だったのだと思う)、欠席したので僕には10年ぶりのこと。今回は正月の開催だったので、前回(盆)よりも集まりやすいだろう、大勢集まるのではないかと期待して出かけたが、参加者自体は少なくなっていた。やはり、皆、40歳。仕事にも家庭にも一番、忙しく、抱える責任の大きな悩み多き時。正月気分で同窓会、という余裕もないのかもしれない。

同窓会、というのは晴れやかに語りきれる面だけでなく、複雑なものを人の心に呼び起こす一面も大きい。皆、似通った環境にいた学生時代と異なり、社会に出ると、それぞれ全く異なる環境で生きてゆかねばならない中で、性格も人間も変わってゆく。立派な社会的地位に収まっている者もいれば、そうでない者もいる。勤め先はどこか? その中でどんなポストにいるのか? 家庭に恵まれているのか? 成功しているのかどうか? 幸せでいるのかどうか?

昔は皆が同じスタートラインだっただけに、今、社会にいるポジション、の大きな差を目の当たりにさせられる。差異に気付かされる。同窓会はそんな、彼我の差を否応なく思い知らされる。

自分の今のポジションに自信のある者ならともかく、そうでないと心理的な抵抗もある。誰しも「今、自分のいる世界」で手一杯で、そこで必死に頑張ることだけで充分である。今更、過去の世界に顔を出して何か得られるものがあるわけでもない。部活動が一緒だったとか、気の合った親友同士だったとか、より狭い範囲での世界なら、会い続けることはあっても、一学年400名を超えた、誰しも会いたくない者もいるはずの、無条件に公的な同窓会となると、それなりに躊躇する気持ちも出てくる。同窓会に限ったことではないが、もう過去の自分とは決別して、関わりたくない、という生き方も何ら、珍しくない。

それに今はもう、職場でも何でも、大勢が集まって、皆が一同に会して飲み会、という時代ではなくなっている。これは、特にここ十数年での大きな変化で、多分、僕らの年代はかつて(大学〜就職後がバブル絶頂期)があまりに賑やかだった分、みんな同じことを感じていると思う。同窓会なんてヘビー過ぎる。

僕の場合でいうと、多分、人一倍、変わってしまったのが僕だろうと思うのだが(笑)、「きこえなくなった」姿をおめおめとさらけ出すのも、結構、勇気の要るものである。このホームページの随所で記しているとおり、特に、賑やかに盛り上がる宴の席ほど、そこに飛び交う楽しい会話をキャッチできないのはつらい。ましてや、よく知った仲間というのに。「会話しにゆく」のが目的の場所に、その手段を持たずに(失くしてしまって)出かけるのは何とも滑稽な姿である。

それでも、それを覚悟で臨めば、それだけの見返りはあった。10年前に一度、出ていたから(出席者はどうしても固定化してゆくので)分かってくれる人間は分かってくれていた点も大きい。特に気にすることもなく、充分に楽しめた。集まったメンバーとは大いに旧交を温めることができた。いつも、とはいかずに、それで前回5年前も欠席したのだが、やはり、こういう機会は毎年、用意されているわけでもない。皆、ほとんど40歳になった人生の折返し地点で、時間の有限性を強く意識するようになると、自分の姿の何はともあれ、会える時に会っておきたいなと思うようになった。

気遣い

これは前回10年前にも記したのだが、人の優しさ、気遣いに今の自分の身だからこそ分かる点は大きい。例えば僕の場合、より現実的に、筆談してくれるとか、さりげない気遣いや配慮を感じさせてくれるのが、意外に体育会系の者に多いことが面白い。野球部のメンバーは集まりもよく、幹事でも中心になっている。途中で辞めた僕にさえ、分け隔てなく接してくれる。以前、辞めた自分にもOB戦を誘ってくれて感激させられたこともある。その後の柔道部のメンバーにしろ、サッカー部やバスケや剣道や・・・と、そういえば出席者には当時の運動部系が多い。やっぱり、いい意味でも悪い意味でも体育会系は義理人情に厚いというか、情が深い。今の時代、そんなものはさっさと捨ててドライに生きる方がいいのに・・・。

僕自身が体育会系なのでバイアスがかかっている点はあるにせよ、それは、身に付けたフェアなスポーツマンシップゆえだ、というのが確かにあると思う。少々の境遇にあっても明るさを失わない心の持ち方、人に接する優しさというのも、若い頃にスポーツに打ち込むことで培われてゆくものだろう。

結構、多くの人間に筆談してもらったのだが、一人、元サッカー部が手話のできたことには驚いた。きくと、十数年前に勤め先で覚えたのだという。十数年前というのに、今でもよく覚えていて、充分にコミュニケーションできるかなりのレベルのものだった。手話を学ぶ人は珍しくないが、「この人が?」という点ではこれまでで一番、びっくりさせられたといって過言でない。当時からスポーツセンスはずば抜けていたし、今も自身がプレーヤーとして続けているのにとどまらず、指導者として、あるいは審判員のレベルをステップアップしつつ等、多方面で活躍しているようで、「さすがだなあ」と思わずにいられなかった。

ネットの時代には

同窓会の開始前にまず一人、親友と会ってから一緒に出向いたのも僕には良かった。卒業後、大学時代や就職後も会っていた、同窓会がなくても時々は会うだろう親友だが、彼と久しぶりに会うのが、ちょうどウォーミングアップのように働いて都合良かった。加えて、彼には宴の前から最中、最後まで一番に筆談してもらえて助けられた。

ところで、今回、楽しみにしていた、この日の夜を迎える前から思っていたのは、彼とメール等で音信がとれているように、会う前に、皆ともネットを介して近況なり、情報交換できていたらもっとスムーズに宴に入れるだろうということ。

会の後に、メール交換できるように、きこえない僕の場合はその恩恵が特に顕著だけれど、そうでなくても、皆、限られた一夜のわずかな時間、数年ぶりで最初は話もぎこちなかったりするのを、ブログなり掲示板なりメーリングリストなり・・・特に今はミクシィのようなSNSもあるネットの利便性を利用して、あらかじめ情報を共有、交換できたら、会う時間の密度(濃度)も高められると思う。

これはちょうど正月休みから今、読んでいる最中の『ウェブ人間論』(新潮新書)にも、ウェブ進化で人間関係の変わり方について言及されていることで強く感じている(示唆を得るところの大きな本なので、別途「本棚」で──)。

僕自身、地元にいながら力になれないでいたので、ちょっとこれからでも考えてみたいので、今回、出席した人もできなかった人も、もしこのページを読むことがあって、賛同の気持ちがあるようなら考えてもいいね。連絡してくれると嬉しいな。

夢一夜

今回、同窓会に出かけて何か期待するもの、現実的直接的な狙いがあったわけではない。人的ネットワークをつくって仕事に役立てようとか、営業の足がかりにしようとかいう仕事な訳ではない。それから、10年前ならまだあったかもしれないが、同窓会に当然の、男女の色気に関わるものも残念ながら多くはない。もちろん、双方とも大いにあっていいことで、今回、女性に独身者が多いのも意外だったのだが、同窓生というのは青春時代の背景が同じなだけに気の合うのも早く、同窓会をきっかけに新しい縁が生まれやすいのもうなずけることで、僕が独身ならきっと猛烈にアタックしたのに、というような、どうして独身でいるのか不思議に思えるような女性ばかりであった。

誰かと会うことによる現実的利益を目指して、というより、今回は自分のために出てみようと思っていた。同窓会でなくとも、気の合う者同士でなら会うこともあるし、より自分の周囲の、手話でコミュニケーションできる間柄とか趣味が同じとか、同障者同士とかであれば、余計な気を使わずに不必要な葛藤を感じることもない。それはそれでいいのだけれど、そればかりに馴れてしまうと緊張感に欠けて自分のためによくない。コミュニケーションが難しいと分かっていても、場合によっては嫌な思いをするか分からなくとも、緊張感を持って臨むような場も時には自分に課しておきたい気持ちがあった。

ちょうど出欠の回答締切が、僕にとっては同窓会より余程大切な福岡国際マラソン前の11月だったこともある。苦手なことは避けてしまおうという思考になりがちであったが、こういうことも逃げずに、ぶつかっていった方が道は開けるはず、と自分をけしかけた意味合いもあった。

同窓会に出席、といってもこれを機会に何か劇的に変わるものでもない。やっぱり、皆、今の自分の状況の方が大事で、過去の集まりに出ても出なくても同じ、ではある。1年前から会いたいと思っていた、よく市民レースの大会に出ている3人(のうち2人)と会えて、今後は連絡を取り合うことができるだろうくらいで、同じ市内や県内にいることが分かっていても、あるいは県外の、是非、会いたいと思っている相手ほどやっぱり会えずじまいだったのがはなはだ残念だった。どのくらい残念だったかというと、その日、1次会、2次会と出かけて3次会では会えなかったメンバーが先に店に待っていて「何だよ!」と大いに喜んでいたら夢だった・・・くらいである。でも夢でも会えて良かった──。

何かメリットがあるとか、得ることのある時間だったというよりも、むしろ、計算や打算とかを感じることなく会うことのできたのが良かった。

多分、というか、ほぼ間違いなく今は時代が変わっていて、「自分と気の合う者」「価値観の同じ相手」がネットで容易に見つかる今は、同窓会という求心力もますます働きにくくなるだろうけれど、5年に1回くらい、ちょっと気分をスイッチする一夜があるのは悪くない。


 

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