同窓会1997

 以下は、10年前の同窓会について、同障者あてに記したテキストの全文をそのまま起こしたもの。今回(2007年)の同窓会分と合わせて、この機会にアップロードしてみた。

三十路にして会う

盆に高校の同窓会があった。皆、三十路を越えたことで、きりもいいから学年全体で集まろうかというもの。失聴して以後は、この手の人の集まる会からは逃げるように身を避けていた。とりわけ、同窓会なんてものは、皆がどんな風に変わってるのかを見る楽しみと、懐かしい想い出話や近況報告を交わす場であるのに、そのコミュニケーションができなくなってしまった自分。

その姿をわざわざ知らせに行くなんて、これ以上の屈辱はない。以前はそう思っていた。けれど、外見が変わるように、まあ、気持ちも変わってゆくもので、いざ出席すると決めると逆に当日までが楽しみになった。

卒業以来、13年ぶりの再会。親友とは卒業後も盆や正月に会っていたけれど、それ以外の者は大学も就職先も大抵は皆、ばらばらだから全く会わないまま。会場に着くや、すぐに「よう!」と手を振ってきた友さえ、「誰?」「えぇーっ!」と思う。変わっていない方が珍しいほど、皆、風貌が変わっている。男も女も肥えてゆく。高校時代はあれほどヘアスタイルを気にしていたのに、今では薄さを隠せない男、シワを化粧でごまかす女・・・。けれども、同窓生だからこそ、そんなのも無邪気に笑える。

心配していたコミュニケーションは、やはり皆の方がとまどってしまう。「きこえない」という状況がうまく理解できない(本人だって当初はそうだったくらいだ)し、どう対応してよいかも分からない。2次会へと進む頃には、堅かった気分もほぐれてきたけれど、やはり、自由なコミュニケーションには程遠い。懐かしい友だから話したいことは山ほどある。それだけにもどかしく、辛い気持ちをあらためて思い知らされた。

ところで、こうなった身だからこそ他人の優しい配慮はよく分かる(それは皆さんも同じはずですよね)。面白いことに、イイ男ほどこんなときもさりげなく、明るく気を遣ってくれる。そう感じた3人は、高校時代から運動部のリーダー格のスポーツマンで、誠実で、加えて今では思いやりさえも備えていて、とても感心してしまった。

あの頃、僕らは

さて、そして、ところで──

一番の目的のイイ女の方は、というと、楽しみにしていた何人かの女の子は来ていなかった。配布された名簿によると、姓も変わり県内にも住んでいないよう。きっとどこかで幸せに暮らしているんだろう。出席していた中では、ちょっとがっかりかな、という感じになってた子もいたけれど。

嬉しかったのは、僕の方は最初、分からなかったのに、「・・君だよね」と憶えていてくれた子がいたこと。小学校から同じで、恋心を抱かないでもなかったのだけれど、それさえ忘れてしまっていた。中学以後は話すことさえなかった。まさか、20年ぶりにこんな形で話すことになるとは・・・

仕事を始め、社会に出て、人間関係に悩み、気をつかい、それなりに生きてゆくために、今では自分もずるい人間になっている。けれども、この再会は何の気兼ねなく心を許せて開けて、「そうだよ、あの頃はみんな、こんな風にピュアだったんだよ」といい気分に浸ることのできたひとときだった。


 

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