手話話、外国語通訳

最近出会った手話

金曜、病院の受付をしているときにジッと見られているのが「?」と思っていると「〇〇さんですよね」と話しかけられてびっくり。その昔(十数年前)、手話や要約筆記の講師か何かで話していた僕を憶えていたとのこと。7月にも同じようなことを書いたが、そしてまた同じ様に、こちらは全く覚えていない失礼と申し訳なさm(_ _)m

昨夏からの通院と入院を合わせると相当数、素通りしていたことになる。今は遠ざかっているといわれるけど、充分に通じる、手話も要約筆記もされていた方が病院におられるというのは大変、心強い。家が近いので中国山口駅伝は毎年、スタート地点で応援しているとかで、以前、僕が1区の多かったことや今年、2区だったことも知っていてくれて嬉しい限り。

火曜のフォーラムの通訳者2人は初めて会う方だった。僕自身がもう旧い方の部類、県内の通訳者さんには色々お世話になってきている方なので2人ともが初めての方というのも珍しいのだが、それ自体が通訳者の広がりというか若返りということでいいこと。挨拶して名乗ったら「もしかしてマラソンの・・・」(笑)

金曜の装用者顔合わせでも、生来の難聴だった方に加え、そうでない年配の方も手話の達者な方あり。補聴器や人工内耳は聴力を活かすのが目的なので、手話に頼らず聴覚を鍛える方に専心することでよいのだけれど、難聴者や人工内耳装用者同士でもケースによって手話が便利なことはいうまでもなく。ここでもお互い知っていた2人を「御存知だったのですか」というSTさんに、先方の答えが「走っているから・・・」。

先週土曜の仕事(関係者が集まる会議であり研修であり、の場)では、通訳の情報保障までは当然にないのだけれど、最近、仕事の関係でメールのやり取りするようになっていた、この日、初めてお会いすることになった方が、こちらも手話で話しかけられた。簡単な挨拶以上に、結構、できるようで、このときは大勢だったのでそれ以上の話はできなかったけれど、意外であったし、初対面で手話をしてくれたことにも感動させられた。

偶々、仕事のつきあい、接点があったから分かったことで、会合に集まった人には他にも手話のできる方はいたかもしれない。おそらく程度の差はあれ、手話のできる方はそれなりの数いて、単に、聴覚障害者の相手がいない限り発揮する場所がないだけというのが大きいんだろうと思う。でも、いざというときに、さっと手話ができるってカッコイイし、相手も嬉しいので臆せず使ってください(^^)

僕もリハビリを兼ねてTVやラジオのニュースなどをききながら手話通訳の練習をしている、と前回、書いた。聴者にとってもそうであろうけれど、人工内耳の自分にとっても先ず聞きとる(=だけで必死)な上で、手話に変換するという、自分自身ずっと使っていなかった脳をフルスロットルに動かせているような感じで、これは外国語通訳がそうであろうように、手話は手や表情も使うという点で、より一層、とてもいいアタマの、脳の、表情筋のトレーニングになる。そういった点からも手話を活用していいと思う。

20160125-1
雪の山口(中央が瑠璃光寺五重塔)

 

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